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ディープスペースナイン エピソードガイド
第42話「義務と友情」
The Wire

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・イントロダクション
ベシアと歩いているガラック※1。「午前中が潰れてしまった。ガリポタン※2の貨物船が 700時に着くはずだったのに、まだ着かないとはねえ。まあ、時間という概念がない文明の民族とビジネスをする以上、我慢するほかないでしょうねえ。でも…ガリポタンのセーターは一級品でね。」
あくびするベシア。
ガラック:「すいません、退屈でした?」
ベシア:「いやあ、そんなことないよ。ただ、夕べは遅かったもんで。」
「おやおや、また女性の御相手で?」
「いやあ、そうなら嬉しいんだけど違うよ。終わらない犠牲※3を最後まで読んだからなんだ。」
「素晴らしい本でしょう。間違いなくカーデシア文学の生んだ、最高傑作ですよ。」
「君が言うなら、そうなんだろうね。」
「じゃああんまり、面白くなかった?」
「いやあ、なかなか面白かったんだけどねえ。間延びしたところもあったなあ。何カ所か。」
レプリマットに着くガラック。「ああ、一杯だ。ランチどころか、席に着く頃にはディナータイムになってますよ。」
ベシア:「クワークの店は?」
「ええ、でも今日は騒々しい店では食べたくない気分なんですよ。」
「…それじゃ、クリンゴンのレストランは問題外だろうね。」
「終わらない犠牲を読んでつまらないって言う人と、一緒に食事はしたくありませんがね。」
「いや、つまらないっていうより、ストーリーがちょっとしつこすぎるんだよね。著者はある一族の 7世代に渡る歴史を描写してるけど、同じパターンが何度も何度も出てくるんだよ。登場人物はみんな忠実に国に仕えて、年を取って死んでいく。次の世代が大きくなってもまた同じだ。」
「そこが素晴らしいんじゃないですか。倫理の繰り返しが、カーデシア文学では最もエレガントとされてるんですよ? その点で、終わらない犠牲は傑作なんです。」
「でも、登場人物が全然人間らしくないよ。国に尽くすだけが、人生じゃないだろ?」
「連邦の人は皆そう言いますよねえ。しかしひどい混みようだ。ドクター、何とか割り込めないんですか。医療の緊急事態とか何とか言って。」 怪訝な顔をする、待っている客。
「すぐに番が来るさ。また、別の本を貸してくれよ。今度は別の作家の…」
「いえ、何冊読んでも時間の無駄です。文学に関してはドクターも、連邦のドグマと、地球人の偏見に囚われてますよ。」
「そこまで言わなくてもいいだろ。僕はただカーデシアの…」
頭を押さえるガラック。
ベシア:「大丈夫か。」
ガラック:「もちろん。」
「そうかなあ、冷や汗をかいてるし瞳孔が収縮してるよ。」
「大丈夫。私は健康です。もう一冊カーデシア文学をお読みになるおつもりなら…今度はもっとアクションのある…」 ガラックは、また苦しそうだ。
「それで健康? カーデシアの健康の基準は随分低いらしいな。」
「ちょっ、ちょっと、ドクター。どこへ行くんです。」
「もちろん診察室へ…」
「いえ、そんな。必要ありませんよ。」
「そんな顔色で強がりはよせ。」
「正直言いまして…ドクターのお相手をして少々疲れました。大したことはありません。少し休んでゆっくりすれば治ります。じゃ、失礼しますよ? 食欲も、消えてしまいましたので。」 ガラックは歩いていった。
近づくキラ。「一体どうしたの?」
ベシア:「…こっちが聞きたいよ。」


※1: Garak
(アンドリュー・ロビンソン Andrew Robinson) DS9第38話 "Profit and Loss" 「クワークの愛」以来の登場。声:大川透

※2: Galipotans

※3: The Never-Ending Sacrifice

・本編
奇妙な植物を見るダックス。「どこが悪いかわかる?」
ベシア:「医療従事者としての専門的意見を言わせてもらうと、病気だね。」
「わかってるわ? でも何で病気なの?」
「僕は医者なの、人間相手の。※4…植物ならケイコに聞けば?」
「ケイコは会議があってライジェル4号星※5に出張中よ? 来週まで帰らないわ?」
「ダックスと合体した人で植物好きはいないの?」
「それがみんな園芸には疎いのよねえ。トビン※6がちょっと庭いじりをしてたけど、下手だったわ。女にもからっきしダメな人だったけど。」
「どこの植物なんだい?」
「レオドニア3※7 で採ったの。」
「ちょっと貸して。」
「ええ、いいわよ。」
トリコーダーをコンピューターとリンクさせるベシア。「ああ、これでわかったぞ。レオドニアの土壌にはある種の菌※8がすみついていて、植物の水分を逃がさないんだ。だがこの鉢植えの土にはその菌がほとんどない。残っている菌を取り出して、ラボで培養して戻してやれば大丈夫だ。」
ダックス:「ケイコ顔負けじゃない。」
「…コンピューターのおかげさ。人間の患者もこう扱いやすければいいのに。」
「チーフがまた肩を脱臼したの?」
「いやあ、ガラックが…ランチに並んでる時、かなり大きな発作を起こしかけたんだ。息も苦しそうだし、痛みもかなりきてたはずだ。でも診察室に行こうって言ったら、断固拒否するのさ。」
「医者嫌いなだけなんじゃないの?」
「いやあ、そうじゃない。ガラックは、いつもああやってはぐらかしてばっかりなんだ。過去を話したくないならそれはいいけど、でも病気の時ぐらい素直にさ。…何で話してくれないんだろう。」
「ずいぶんと熱心じゃないの。」
「…そうかもしれない。週に一度、一緒に昼を食べるようになって 1年だよ? もっと信用してくれてもいいのに。」
「あら何で? 親友ってわけじゃないんでしょ?」
「そりゃね。…そりゃそうだ。僕だって心から信用はしてないもんな。彼はカーデシアのスパイなんだし。」
「その通りよ?」
土のサンプルを採るベシア。「僕に助けて欲しくないんなら、勝手にしろだ。」

クワークの店を閉めるフェレンギ人。モーンは名残惜しそうに見ていたが、歩いていった。
ターボリフトを出るベシアは、クワークの声に気づいた。「この世の中、ラチナムで買えない物はない。」
下を見るベシア。
クワーク:「フェレンギ人の手に入らない物もない。」 まだ店におり、笑っている。

相手のガラックは、落ち着かない。「…これでお互いよく理解し合えたと思うが。」
クワーク:「ガラック。どれくらいこのステーションにいるんだい?」
「もう長い。」
「その間、俺に失望させられたことがあるか?」
「私達が取引するのはこれが初めてだろ。」
「だからこそ俺は、この機会を大事に思ってる。あんたとの初めての仕事だから、絶対に上手くやりたいんだ。心配ないって。ブツは手に入れてやる。」
「急いでくれ。これ以上は待てないんだ。」 店を出ていくガラック。
ベシアは階段を下りてくる。「お前とガラックが一緒に仕事だと? 悪いが今の会話は聞かせてもらったよ。」
クワーク:「ああ、今の? 店で使う新型のサイズスキャナーを頼まれたんスよ。」
「サイズスキャナーねえ…。」
「ただのサイズスキャナーじゃない。最高の、メラック2※9 製のです。マイクロメーターまで測れるやつで、その上お値段も出血大サービスの超安値。」
「ほんとか? ガラックは、何だか慌てた口ぶりだった。」
「ガラックが慌ててた? 気づかなかったな。ところで、こんな時間に何の御用です、ウン? ソーリアン・ブランデー※10でもどうですか? それとも、よければ…ホロスイートで夜のお楽しみは?」
「…いや。ありがとう。でも今夜はやめとくよ。」 去るベシア。
「またどうぞ。」 表情を硬くするクワーク。

診療室。
ベシア:「さあ、これでどうです?」 器具をジャバラ※11看護婦に渡す。
シスコ:「ああ、楽になった。」
「しばらくは提督に向かって怒鳴るのはやめておいた方がいいですよ?」
「怒鳴ってるんじゃない。気持ちを表現してるんだ、大声でね?」
笑うベシア。
入れ違いになるシスコ。「チーフ。」
オブライエン:「司令官。」 ベシアに尋ねる。「何か、用ですか。」
ベシア:「ああ、よかった。困ってたんだよ。カーデシアの昔の医療ファイルを取り出したいんだが、どうしてもアクセスできなくってね。」
「そうでしょうねえ。カーデシアは撤退する時、全システムを一掃していったから。医療ファイルもその時一緒に消されたんでしょう。」
「復元させる方法はある?」
「まあね。このサブルーチンの損傷は、エンジニアリングファイルほどひどくない。消去の跡を、ミクロ・スキャンすればデータを復元できるかもしれません。」
「どれぐらいかかるの?」
「うーん、2、3週間ですか。」
「…そうか、じゃあ別にいいや。どうもありがとう、チーフ。」
「いや、お役に立てなくて?」
通信が入る。『クワークよりドクター。』
ベシア:「こちらベシア。」
クワーク:『ドクター、うちの店に来て下さい。大至急!』
医療キットを持っていくベシア。

瓶が並んでいる。
クワーク:「…もうよせ、ガラック! それだけ飲みゃ十分だ。」
酔っているガラック。「いやあ、まだまだだ。お前の店で酒を飲めば、痛みも悩みもみんな忘れられるってのは、真っ赤な嘘だったんだな! あ?」 笑う。他の客が見ている。
店に入るベシア。「どうしたんだ。」
クワーク:「頭が痛いから酒くれって。うちのカナール酒※12を半分空けちまったんスよ!」
ガラック:「ああ、ドクター。これは、嬉しい驚きだ。この前は本当に失礼しました。私のお詫びの気持ちを受けて下さい。さあ、どうぞかけて?」
ベシア:「お言葉に甘えて、いいかな?」
「どうぞどうぞ。」 クワークに瓶の口をふさがれ、怒るガラック。「何なんだ、その手は!」
「そうだ。この店は少し、騒々しすぎる。」
「うん?」
「もっと静かな所で、飲み直そう。」
「ええ、是非そうしましょう。じゃあ私の部屋へどうぞ。」 ベシアが手にした瓶に、ガラックが栓をした。
「ああ、それでもいいよ? その前に、診察室に寄っていきたいんだけど。」
「診察室へ? いやあ、ダメですよ、ドクター。私がそんな手に引っかかると思うんですか。酒を返して下さい。…酒を…返して下さい。早く!」 クワークがベシアから瓶を取っていく。
「わかった。診察室で返す。」
「私は診察室になんか行きません。こんなくだらないゲームはもうウンザリです。早く…さ…酒を…」 ガラックは倒れてしまった。
すぐにトリコーダーで調べるベシア。
ガラック:「…止めてくれ…止めてくれ…。」
ベシア:「司令室へ、緊急患者です。診察室へ転送。転送開始。」
共に転送されるガラックとベシア。


※4: 原語では "I'm a doctor, not a botanist." 「僕は医者だ、植物学者じゃない。」

※5: Rigel IV
TOS第36話 "Wolf in the Fold" 「惑星アルギリスの殺人鬼」など。訳出されていません

※6: トビン・ダックス Tobin Dax
2番目のホスト。DS9第23話 "The Siege" 「帰ってきた英雄 パート3」など

※7: レオドニア3号星 Ledonia III

※8: 正確には「菌根菌 (mycorrhizal fungus)」

※9: メラック2号星 Merak II
TOS第74話 "The Cloud Minders" 「惑星アーダナのジーナイト作戦」より

※10: Saurian brandy
TOS第5話 "The Enemy Within" 「二人のカーク」など

※11: Jabara
(アン・ギレスピー Ann Gillespie) DS9第5話 "Babel" 「恐怖のウイルス」以来の登場

※12: カナール kanar
TNG第86話 "The Wounded" 「不実なる平和」など

ベッドで治療中のガラック。ジャバラも診療室にいる。
オドー:「インプラントが埋め込まれてる。」
ベシア:「その通りだ。」
「何のために。」
「じゃ君も知らないのか。5年間カーデシア人と働いてたから、知ってるかと思ったよ。」
「でも頭の中まで見たことはないですからねえ。」
「そうだよねえ、そりゃそうだ。」
モニターの脳を見るオドー。「これが現在の症状を引き起こしているんですか?」
ベシア:「ありえるね。このインプラントが埋め込まれている脳の中心部※13には、中枢神経系に連絡する神経繊維があるんだ。」
「カーデシア政府が罰として苦痛を与えるために、埋め込んでいったもんじゃないんですかねえ。」
「それも考えたけど、周辺の組織の傷から見て、もっと前に埋め込まれたものだ。でもガラックが苦しみだしたのは昨日からだよ?」
「面白いな。ぜひ真相が知りたいもんだ。」
「だから君に協力してもらおうと思って。クワークが何か知ってるようなんだよね。」
「何でそう思うんです?」
「2人の会話を聞いたのさ。ガラックがクワークに何かを注文してたんだけど、必死の形相でね。それでクワークに聞いたんだが…」
「あいつがしゃべるはずはない。クワークは海千山千のしたたか者です。しかし、それを聞いて私も納得がいきましたよ。…実はクワークから昨日からカーデシア・プライム※14に何度か極秘通信を送っているんです。」
「ほんとか?」
「うん、クワークから出る亜空間通信は全て監視しているんですよ。」
「法に触れないの。」
「いいんですよ、ステーションの安全のためです。…クワークが何をやってるか知りたくないんですか?」
「そりゃあ知りたいさ。」
「では 200時に私のオフィスまでどうぞ。クワークはいつも秘密の通信は、店を閉めた後にするんです。」
「必ず行くよ。」

クワークの店。
通信相手のカーデシア人、グリン・ボヒカ※15。『クワーク。この寄生虫め。』
笑うクワーク。
ボヒカ:『ご無沙汰だったなあ。そうだ、ハートラ※16はまだお前の店にいるのか。』
クワーク:「そりゃあもう、ダボガールの稼ぎ頭ですから。」
『ああ、是非もう一度会いたいものだな。』
「ハートラも寂しがってますよ。」
笑う 2人。
ボヒカ:『嬉しいことを言ってくれる。…いい女だった、私はもう少しで破産させられるとこだったよ。…だが、昔話をしに呼び出したのではないだろ? 私に用か。』
クワーク:「ラチナムを儲ける気はありませんか? 出世するにも金が必要でしょ?」
『話を聞こう、続けろ。』
「欲しいのはバイオテクノロジー製品なんです。それからその取り扱いマニュアル。」
『うん、バイオテクノロジーか。そう難しくはないだろ。どんな物だ。』
「…あたしゃね? 立ち入ったことは聞かない主義なんスよ。請求コードナンバーさえわかりゃあね?」
『よし、コードナンバーをくれ。』
「頼りになるな。お願いします。」

保安室で様子を見ているベシア。「まさか僕の部屋には監視装置は仕掛けてないだろうね。」
オドー:「必要あります?」
クワーク:『はい、送信終了。』
ボヒカ:『そのまま待て。そう長くはかからんだろう。』

飲み物を飲むクワーク。「どうぞごゆっくり。」
ボヒカのコンソールで、警告音が鳴り響いている。『…クワーク、この馬鹿野郎!』
クワーク:「どうしたんです?」
『…どうしただと? …おしまいだ! 私は破滅だ!』
「どどどどういうことなんです?」
『この請求コードナンバーが意味するのは、最高機密のバイオテクノロジーじゃないか! 一体どこでこんなナンバーを手に入れたんだ!』
「どこってそれは…」
『いやいい、言うな! 言わないでくれ。私はこれ以上死にたくない。運が良ければ、何とか彼らをごまかせるかもしれん。請求したのが誰かわからないようにできるかも。』
「…彼らって?」
『…オブシディアン・オーダー※17だ。』
「…久しぶりでお話ができまして。また今度よろしくお願いします。」

映像を消すオドー。「ああ…オブシディアン・オーダーか。ややこしくなってきたなあ。」
ベシア:「誰なんだい?」
「オブシディアン・オーダーはカーデシアの秘密警察のような組織で、カーデシア市民一人一人について、一日三食何を食べたかまで知っているといわれるほどのすさまじい組織ですよ。」
「じゃもし、当局が許可してない物を食べたりしたら?」
「まあ行方不明になるのがオチでしょうね? オーダーのやる口には賛否両論あるでしょうが、組織の効率という点では…完璧ですよ。ロミュランのタル・シアール※18でさえ、諜報活動にかけてはオブシディアン・オーダーとは比べ物にもなりません。」
「それがガラックとどういう関係?」
「知りたいですねえ。」
「もしかして、あのインプラントはオーダーが埋め込んだ物なのかなあ。」
「そうだとしてもですよ? インプラントが罰を与えるもんなら、なぜガラックはまた新しいインプラントを手に入れようとしたのか。」
「マニュアルも注文してるから、もしかしたら取り出すつもりだったのかもしれない。」
「どちらにしろガラックに話を聞かないと。」
「しばらくは無理だよ。…ありがとう、オドー。」

診療室に戻るベシア。「コンピューター、ガラックの現在の状態を報告。」
コンピューター:『ガラックは現在医療室には見あたりません。』
「何? …いつ出てったんだ。』
『ガラックは 320時にチェックアウトしました。』 ベッドには患者服が脱ぎ捨ててある。


※13: 正確には「中心後回 (postcentral gyrus)」

※14: Cardassia Prime
この呼称が使われるのは初めて

※15: Glinn Boheeka
(ジミー・F・スカッグス Jimmie F. Skaggs) 名前は訳出されておらず、階級は言及されていません。声:福田信昭

※16: Hartla

※17: Obsidian Order
初言及

※18: タル・シアー Tal Shiar
TNG第140話 "Face of the Enemy" 「ロミュラン帝国亡命作戦」より

廊下を歩いてきたベシアは、ドアチャイムを押した。返答がない。「ガラック! いるのか?」 コミュニケーターを叩く。「コンピューター、居住区レベルH-3 の 901号室を開けろ。緊急コード、ベシア・1・アルファ。」
ガラックはハイポスプレーを使っていた。「ああ、ドクター。よくいらして下さいました。すいません、ドアチャイムが聞こえなくて。」
取り上げるベシア。「おい、何をやってるんだ。トリプタセデリン※19か? どれぐらい使ったんだ?」
ガラック:「30cc だけですよ。だけど、全然効いてきませんね。」
「30cc はアルゴリアン・マンモス※20も眠らせる量だ。」
「カーデシア人はきっと、頑丈にできているんでしょうね。何も感じませんよ。」
「頼むよ、ガラック。これ以上意地を張るのはやめて、僕にちゃんと治療をさせてくれ。」
「いやあ、無駄ですよ。信じて下さい。私が無駄って言ったら本当に無駄なんです。」
「ほう? クワークなら治せるのか?」
「驚いたなあ、ドクターはスパイですか。」
「クワークをあてにしても駄目だぞ。」
「…なぜそんな。」
「カーデシアと連絡を取ってるところを見た。物は手に入らなかったらしい。」
「そうですか。…そうか、それは残念だな。でもそれほど、驚くことでもありません。仕方ない。これが…きっと一番いいんです。…すいません、そこのハイポスプレーを。」 ケースから小さな薬を取り出すガラック。
「またトリプタセデリンを使えば死ぬぞ?」
「私を心配して下さるなら、ハイポスプレーを取って下さい。」
「自殺なんかさせないからな。君を助けたいんだ。」
「だけど無理ですよ。ああ、ああ…。」 立てなくなるガラック。
ベシアは薬を取り上げ、トリコーダーで診察する。
ガラック:「恐らく、脳にある神経中枢の状態が少々悪化してきたために、症状が出てると思うんですよね。」
ベシア:「いや、これはもう少々じゃない。とにかく診察室へ行こう。」
「いやあ、お断りしますよ。」 笑うガラック。「モニターに映し出されて、このステーションのベイジョー人住民の笑い者になるのだけは御免です。」
「今はそんなプライドよりも、君の脳に埋め込んであるインプラントが問題だ。」
「知っていたんですか。」
「あれは罰を与える装置なんだろ。」
「罰を与える装置?」 ガラックは、また笑った。「元は違いますが今は、そうとも言える…。」
「罰するためでなければ何のためなんだ? ……ガラック! お願いだ、話してくれないか。装置の目的がわかれば、僕にも取り出せるかもしれない。」
「それは不可能です。これは絶対取り出せないんですよ。」
「なぜ言い切れる。」
「そこが肝心でね? 簡単に取り出せたら、埋め込んだ意味がないんですよ! 私は、カーデシア時代…諜報の仕事に携わっていましてね。国にとって漏れたらまずい機密をたくさん知っていたんです。このインプラントは、オブシディアン・オーダーの長、エナブラン・テイン※21自らが私に与えた物です。拷問を受けると、このインプラントが私の脳の快楽中枢を刺激して、エンドルフィン※22が大量に分泌する仕組みになっているというわけなんですよ。つまり苦痛を全く感じないようになるんです。皮肉ですねえ、そのインプラントが今私を苦しませている。」
「何で故障したんだ。」
「続けて、使うようには作られていないんです。」
「続けて使う? どういう意味だ。」
「…このステーションに住むことは、私には拷問だったんですよ。気温はいつも低すぎて凍えそうだし、ライトは明るすぎてまぶしいし、すれ違うベイジョー人は、みんな恨みと軽蔑を込めた目で私を見るし。…で、ある日、私はもう耐えきれなくなったんですよ。だから痛みを取ろうとしたんです。」
「インプラントを作動させたのか。」
「自分で工夫して好きな時にインプラントを作動させる装置を作りましてねえ。最初の頃は一日に数分でした。でも麻薬のようなもので、どんどん依存度が増し、使用時間が長くなってついには、付けっぱなしになったんです。」
「どれぐらい付けっぱなしに?」
「もう 2年です。」
「それでインプラントが壊れたのか。」
「その通りです。」
「じゃスイッチを切ってしまえばいい。」
笑いながら話すガラック。「今となっては遅すぎます。今の私はもう大量のエンドルフィンに慣れきっていて、インプラントを切ったらやっていけない。」
ベシア:「それで? 君はいいのか? あきらめて彼らに負けるか。」
「彼らって、誰です。」
「中央司令部や、オブシディアン・オーダーさ、君を追放した奴らだよ。二度と故郷に戻れなくなった上に、そんなに苦しんで死ぬなんてあんまりだ。」
「ドクター、人から短気で怒りっぽいって言われたことありませんか。」
「チーフからいつも言われてるさ、でも全然気にしてないけどねえ!」
「私はこういう報いを受けて当然の奴だって考えたことはないんですか。」
「そんな人間はいないよ。」
「やめて下さいよ、ドクター。今は連邦流の安っぽい同情の押し売りに我慢できるような気分じゃないんです。週に一度昼を一緒に食べるからって、私をわかってるとでも? 私がどんなことができる人間か、あなたは一つも知っちゃいない。」
「僕は医者で、君は患者だ。それだけで十分さ。」
「いいえ、違います。患者がどんな人間か知ってから救わないとね。…カーデシア占領時代、ガルだった私が率いていた歩兵部隊は、ベイジョーの都のすぐ外に駐屯していた。撤退の直前、私が捕らえていたベイジョー人の捕虜が何人か脱走した。副官のエリムが後を追い、彼らがとあるカーデシアのシャトルに潜り込んだことを突き止めた。ところが船長はエリムに、船内の捜索を拒否した。ガル・デュカットから直ちに出発せよと、命令を受けているからと言ってねえ。そこで私は、シャトルを爆破させた。ベイジョー人の捕虜と、エリムと、97人のカーデシア市民が死んだ。」
「まさか、そんなむごいことを。」
「私は命令に従っただけです。一人たりとも生きて、捕虜をベイジョーから出すなというねえ。後からわかったことですが、死んだ市民の中に、軍の高級将校の娘が含まれていたんです。そのため私は階級を剥奪され、カーデシアから追放されました。…これでよくわかったでしょ。私は…あなたの想像していたような、人間ではないんです。」
「…いいかい、ガラック。君の過去はこの際どうでもいいことだ。ただこのまま君を死なせることはできない。とにかく今はインプラントのスイッチを切ろう。切った後どんな禁断症状が現れるかはわからない。でも絶対君を見捨てたりはしないよ。…インプラントを作動させる装置はどこだ。教えてくれ。」
「…机です。2番目の引き出しに。」
装置を取り出すベシア。


※19: triptacederin

※20: Algorian mammoth

※21: Enabran Tain

※22: endorphins

眠っているガラック。
ベシア:「これから 26時間、ガラックには僕が付き添うから、みんなはいいよ。」
出ていく医療部員。
ベシア:「コンピューター、患者のリンパ組織の損傷が進みつつあるが、これはなぜだ。」
コンピューター:『原因はわかりません。カーデシア人の身体についてはデータ不足です。』
「そうか。患者の脳のインプラント※23の状態を観察して、万が一また動き出したら教えてくれ。」 ドアチャイムに応えるベシア。「はい。」
オドー:「ドクター。ガラックに聞きたいことがあって来たんですがね。」
「今は寝てる。インプラントのスイッチを切って以来、ずっとこうなんだ。外で話をしよう。」
廊下に出るオドー。「ぜひガラックと話をしたいんです。未解決の殺人事件のうち 4件、オブシディアン・オーダーの仕業らしいものがあるんですよ。もしガラックがオーダーの一員なら何か知っているかもしれません。」
ベシア:「尋問はまず当分は無理だろうね。」
「どれぐらい。」
「それはわからない。ねえ、オドー。ガラックの身体はショック状態にある。いつどころか回復するかどうかも、はっきりしないんだ。」
「そりゃあ困る。今すぐ起こして下さい。」
「そんなことはできない。」
「ドクター。でもガラックは殺人事件の容疑者かもしれないんですよ?」
「そうだとしても、彼が病人である以上、そんな尋問は許さない。ガラックの病室は緊急医療スタッフ以外は当面立ち入り禁止にするよ。それじゃ失礼する。患者を診てこないとね?」
うなずくオドー。ベシアは室内に戻った。
歩いていくオドーだが、一瞬立ち止まった。

ガラックの部屋。
うめくガラック。
部屋には医療機材が持ち込まれている。

独りつきっきりのベシアは、レプリケーターで飲み物を出した。

トリコーダーで診察し、伸びをするベシア。

ソファーで眠ってしまった。

ガラックは目を覚まし、声を上げていた。
気づくベシア。「ガラック。」
ガラック:「ほっといてくれ。」
「今放り出すわけにはいかないよ。血液のバランスが悪いんだ、まだ休んでなきゃ。」
「触らないでくれ!」
「いいから落ち着いて。」
「落ち着けなんてクソ食らえですよ、ドクター。もう辛抱するのはウンザリだ! 見なさい、この部屋を。ひどい部屋だ。残りの人生をこんなところでずーっと送るのかと思うと、こんな…みじめったらしい、こんな…牢獄で!」 花瓶を落として割るガラック。
「ガラック、落ち着いてくれ。これはインプラントを切ったことで生じる禁断症状なんだよ。」
「何を馬鹿な。こんなに頭がはっきりしたのは 2年間で初めてだ。…この 2年間、全く何と無意味に送ってきたことか。」 テーブルをひっくり返すガラック。「私はねえ、こう見えても昔は絶大な権力をもっていたんですよ。あのエナブラン・テインの腹心の部下だったんです。これが何を意味するか御存知ですか。」
「いや、わからないね。」
「全く、あなたって人は何にもわかっていないんですね。テインこそオブシディアン・オーダーそのもの。中央司令部さえテインを恐れたものだ。テインの右腕として私の未来はバラ色だった。あのドジを踏むまではね。」
「それはベイジョー人の捕虜を逃がさないため、シャトルを爆破したこと?」
「捕虜を逃がさなければこんなことにはならなかった。」
「違うのか。」
「ええ、そうです。シャトル爆破なんて何でもない。全くお笑いですよ。」
「シャトル爆破よりひどいことをしたのかい?」
「逃がしてやったんです。…あれはカーデシア撤退前夜でした。エリムと私は、5人のベイジョー人を尋問していました。みんなまだ子供でね、一番大きい子で 14歳で、みんな何も知らなかった。彼らは…爆撃で壊れた家に住み着き、ゴミを漁って食べ、身なりも汚くて臭かった! 部屋は、凍えそうに寒く、空気は氷のようで、私は急にこんな子供たちを尋問するのが馬鹿らしくなってしまったんですよ。それより、温かい風呂と食事が恋しくてたまらなかった。」 笑い続けるガラック。「で解放しちまったんです。あり合わせのラチナムを全部くれてやって、ドアを開けてやり、子供たちを通りに放り出したんですよ。エリムは信じられない、正気なんですかって顔で私を見つめていました。」
「子供たちを助けたことの、一体どこが悪いんだ。」
「いいや! 私が馬鹿だった。子供たちを最後まで尋問し、死刑執行隊に引き渡すべきだったんです。あまりの寒さと腹が減ってきたのに負けて、私は任務を怠り、それまで築き上げてきた全てを失った!」
「それで追放されたのか。」
「その通りです! おかげで私は、残りの人生を何の希望もなく過ごす羽目になった。あなたと週に一度昼を共にしてね。」
「そんな風に思ってたのか。君も楽しんでると思ってた。」
「楽しいですよ? だから腹が立つんです。自分で自分が信じられませんよ。あなたのわかった風な顔を見ながら、あんな不味い料理を喜んで食べてる自分がね。こんなステーション、大っ嫌いだ。ついでにあんたも大っ嫌いだ。」
「わかったよ、ガラック。それだけ言えば気も済んだろ。さあもう、ベッドに戻って休んで。」
「私に触るんじゃない!」
「ガラック!」
ガラックは叫びながら、ベシアを突き飛ばした。
ベシア:「ガラック、やめるんだ! 落ち着いてくれ!」
身体をふるわせるガラック。
ベシア:「ベシアより医療スタッフ。緊急医療チームを、至急ガラックの病室へ!」

器具を用意するジャバラ。
ベシア:「ハイパージン※24をもう 20cc 追加。」
ハイポスプレーで打つジャバラ。「反応ありません。」
ベシア:「これでも駄目か。カウンターショックを。」 心臓にショックが与えられる。
「心拍が戻りました。」
「でも何でリンパ組織の損傷が止まらないんだ。インプラントを止めたんだから、インプラントの影響のはずはない。なのに、リンパ組織には毒素が蓄積していく。コンピューター。過去 39時間に、患者から採取したサンプルを全て分析してくれ。化学構成をディスプレイせよ。番号を言うサンプルを表示せよ。まずは…17。次は、サンプル 23。」 構成が表示される。「サンプル 27。サンプル 32。…サンプル 35。サンプル 40。そこだ。前に戻って。サンプル 35。このサンプルの白血球※25構造を、昨日採取したサンプルのと比べてみてくれ。」 違いが見られた。「やっぱり。白血球の分子構造が変化している。これがリンパ組織の毒素の蓄積を招いていたんだ。」
「カーデシア人の白血球を合成できます?」
「できるだろうけど何週間もかかる。でもガラックはこのままじゃ後 3、4日だ。」
「インプラントをまたオンにすれば、1、2週間は生きられるんじゃないでしょうか。」
ガラック:「ダメだ。」 いつの間にか目を覚ましていた。
ベシア:「何?」
「それはやめて下さい。もうインプラントをオンにしたくはありません。」
「気持ちはよくわかるよ。でも僕にできることはほかにないんだ。」
「いいえ、もう…十分やってくれました。私には問題ない。…言っておきたいことがあるんです。」
「どんなこと?」
「真実です。」
「…君の口から真実を聞くのはもうあきらめてるよ。何度も懲りたしね。」
「私を見捨てないで下さいよ、ドクター。辛抱は、報われるものです。よく聞いて下さい。エリムは、副官じゃありません。私の、親友でした。私達は兄弟のように一緒に育ったんです。どうしてだか、エナブラン・テインが気に入ってくれたおかげで、私達は二人ともすぐにオブシディアン・オーダーの幹部になりました。二人は『テインの息子たち』と呼ばれ、ガルたちに恐れられたものです。そして、事件が起きました。オーダーのメンバーが、ベイジョー人の捕虜を逃がしたかどで罰せられるというんです。誰が血祭りに上げられるのか噂が飛び交いました。私が犯人だという声も多かった。ちょうどテインがエロワス植民地※26に引退して私は…後ろ盾を失い、慌ててしまった。私は自分にできることは何でもして、私でなくエリムが、罪に問われるようにしました。記録を改ざんし、証拠をばらまき、でもエリムは私より…一枚上手だった。」
「エリムが先に裏切っていたのか。」
「私のキャリアは終わり、何が何だかわからないうちに、私は追放処分を受けた。フン…追放されるのも当然ですがねえ。いえ…ベイジョー人を逃がしたからじゃないですよ。エリムに罪を着せようとしたことは、許されるものじゃない。親友だったんですから。」
「何で、僕にそんなことを?」
「もちろん、許して欲しいからですよ。決まってるでしょ。私のような男でも誰かに、許して欲しいんです。」 手を差し出すガラック。
握るベシア。「もちろん許すよ。君が過去に何をしていても。」
ガラック:「ありがとうございます。本当に御親切に。」 再び目を閉じた。
「それじゃ、後は頼む。僕は 52時間で戻る。」
ジャバラ:「どこへ行くんです?」
「この事態を招いた張本人の所へ。」

DS9 を発つランナバウト。

惑星に着いた。

部屋に転送で入るベシア。動いているカーデシア製のコンピューターを見つめる。
触ろうとすると、カーデシア人がやってきた。「ドクター・ベシア。ようこそ。どうぞ、おくつろぎ下さい。」


※23: cranial implant

※24: hyperzine

※25: leukocyte

※26: Arawath Colony

その年老いたカーデシア人は言った。「遥々私に会いに来られたんでしょ? 何かおっしゃったらどうです。」
ベシア:「何で僕の名前を。」
笑うカーデシア人。「情報集めは得意でね。」
ベシア:「あなたがエナブラン・テイン※27?」
「あなたはドクター・ジュリアン・スバトイ・ベシア※28でしょ? カーデシア領域に入る時、手荒に扱われませんでしたか。」
「予想していたよりは手荒じゃなかったですね?」
テイン:「結構。実は軍隊には私から、話を通しておいたのでね。それにしても度胸のあるお人だ。感心しました。何かお飲みになります? ターカリアン・ティー※29はどうです。」
「ええ、僕の大好物なんですが…何で。」
「客の好みぐらい調べておかんと。ターカリアン・ティーを一つ。甘いのがお好きでしょ? それからカナール酒を。」 レプリケーターから取り出すテイン。「さてドクター。ガラックは、少しは良くなりましたかな?」
「大した情報収集能力ですね。素晴らしい。クワークが話していた相手があんなに恐れたのもうなずけます。」
「オーダーを、恐れない者などいない。」 テインはカナールを口にする。
「でもおかしいなあ。引退なさったんじゃないんですか。」
「ええ、そうです。何年も前に。でも時代から遅れないようにしているんです。あなたにもたくさん教えてもらいたいことがありますよ、ドクター。」
「ええ、何でもどうぞ? お教えしますよ、僕の得意は医学と、生物学と、テニスです。最近のテニスラケットについてお聞きになりたいですか?」
「いや、そんな情報は必要ない。」
「それは残念。」
「宇宙艦隊の士官はこう、生意気なんですか。」
「どうでしょうね。フン、まあ違うでしょう。」
「でしょうね。で、ドクター。ガラックの容態は。」
「危篤です。」
「彼を助ける気ですか。」
「ええ、そうです。」
「妙だなあ。ガラックとは友達でしょう。」
「…そう思ってます。」
「なら死なせてやりなさい。ガラックもこれ以上、追放されて生きたくないでしょう。」
「…そうかもしれない。でもガラックを助けたいんです。協力して下さい。」
「私に、何をしろと。」
「ガラックの白血球は分子構造が破壊されており、白血球を合成して戻してやることが必要なのです。残念なことに、カーデシア人の身体構造については知識不足でして。」
「私がそういうデータを入手できると思うんですか。」
「情報集めは、お得意でしょ? …それに、インプラントの埋め込みを命令したのはあなたでしょ? 違います?」
「ガラックには何も命令しなくともよかった。すぐに察しました。白血球合成のデータがなければ、死ぬんですか。」
「そうです。」
「それは私としても見過ごせません。必要なデータがそちらのコンピューターに、転送されるよう取りはからいましょう。」
「ありがとう。」
「感謝しないで下さい。私がこれをするのはガラックを救ってやりたいからではない。このまま生きて、哀れで惨めな人生を送らせたいからです。かつて支配したベイジョー人のステーションで憎まれながら過ごす。故郷へは決して帰れないのに。」
「感情が屈折してますねえ。」
「私にはもうガラックは過去の人間だ。それじゃドクター、そろそろお帰りになった方が。」
「最後に、もう一つ。」
「手短にどうぞ。」
「ガラックから、古い友達のことを聞きました。オーダーのメンバーだった。彼は一体、どうなったでしょう。」
「名前はわかってるんですか。」
「エリムって言ってました。」
笑い始めるテイン。「エリム…。」
ベシア:「一体どういうオチなんです?」
「ガラックは相変わらず昔のままだなあ。嘘が通るなら真実はしゃべらない。あのだまくらかしは彼の才能でね。ドクター。エリムは、彼のファーストネームです。」
ため息をつくベシア。
テイン:「さあお帰り下さい。ガラックに、よろしくお伝え下さい。」
ベシア:「ええ、必ず伝えます。…コンピューター、転送準備。…転送開始。」 非実体化するベシア。

DS9。
エアロックから異星人が下りてくる。
レプリマットにいるベシア。
ガラック:「よろしいですか?」
ベシア:「ガラック!」
「どうも。」
「…何をやってるんだ。ベッドを抜け出したりして。」
「冗談じゃありませんよ。あんな辛気くさい治療室になんか、もう一秒だっていられませんね。それに、身体の具合もすっかり良くなりましたし。ところで、今日のアイダニアン・スパイスプディング※30の味はどうです?」
「今日のスパイスプディングの味? それしか言うことはないのかい? よくそうやってこの 10日間何もなかったって顔をしていられるねえ?」
「私はね、ドクター。物事がこう運んだことにとても満足してるんです。もう過ぎたことをいつまでも思い出していても、仕方ないでしょう? お互い大変だったんですし。…ああ、ところで。ついさっきオドーさんと大変面白い話し合いをしてきたとこなんですが。オドーさんは私がオブシディアン・オーダーのメンバーだったって思いこんでるようなんですよねえ?」
「で、君は何て。」
「もちろん違うって言いましたよ。」
「そしたらオドーは何て?」
「これからは私のすることに目を光らせるとか何とか言ってましたけどね、別に構いませんよ? 隠すことは何もないし。そうだ。いい物を持ってきました。」
「これ何?」 アイソリニアロッドを手にするベシア。
「紅の影の上の瞑想※31。プレロック※32作。」
「またまたカーデシア文学か?」
「これなら、ドクターのお好みにも合いますよ。未来小説でしてねえ。カーデシアと、クリンゴン帝国の戦いを描いた作品です。」
「どっちが勝つ?」
「ドクターの予想は?」
「やめとこ、言わないでいいよ。結末を知ったら面白くない。」
笑うガラック。
ベシア:「ガラック。君の過去のことで聞きたいことが、たくさんあるんだけど。」
ガラック:「そのことならもうお答えしたと思いますがねえ。」
「でも君の話してくれたことは、全部違うじゃないか。どの昔話がほんとでどれが嘘なのか、今度こそすっきり教えてもらいたいねえ。」
「困ったなあ、ドクター。全部本当ですよ。」
「…嘘もほんと?」
「嘘は特に、本当です。」
微笑むベシア。


※27: Enabran Tain
(ポール・ドーリー Paul Dooley コメディシリーズ "Grace Under Fire" に出演) 後にも登場。声:緒方賢一。テインの家には「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」のオープニングシーンに登場する、「ホヴィト族の豊穣の像」のレプリカが少し見えるそうです

※28: ミドルネーム (Subatoi) が初言及

※29: Tarkalean tea
DS9第3話 "Past Prologue" 「スペース・テロリスト ターナ・ロス」など

※30: I'danian spice pudding
DS9 "Babel" より

※31: Meditations on a Crimson Shadow

※32: Preloc

・感想
DS9 が生んだ最高のサブレギュラー、ガラックにまつわる重要なエピソードです。友人のベシアとの長い会話が中心で、「戦争回避」で予算を使ったために、これまたボトルショーになっています。ガラックが次々と話す内容は、結局そのほとんどが「嘘も本当」という信じられないものばかり。事実を求める視聴者をおちょくったような構成が、実に DS9 らしいですね。
ずっと後に、さらに重要な役割を演じることになるテインが初登場。オブシディアン・オーダーも導入され、カーデシアの設定に深みを与えています。当初は「グレー・オーダー」にするつもりでしたが、ある SFシリーズの有名国家名と被るのを避けて、オブシディアン=黒曜石にしたそうです。
その他トリヴィアとしては、DS9 初の女性監督、Kim Friedman 演出による作品です。彼女は後に DS9 で 5話、VOY 初期にも 4話を担当しています (参考)。


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