廊下。
データはパネルに触れた。「よし。コンピューターに、ホームズタイプの謎解きを作るよう指示をした。コナン・ドイル氏著作の作品とは違うものをね。」
ラフォージ:「つまりは、コンピューターが作る新しいミステリーだな?」
「その通りだ。条件は満たしていますね。」
ドレスを着たポラスキーは振り向いた。「見てみましょ。」
顔を見合わせるデータとラフォージ。
コンピューター:『プログラム完了、入室して下さい。』
街並みが広がっている。「新聞だよー、新聞はいらないかー。ゴシップに政治、はーい読んでってー。」
馬車が通る。「どいたどいた、道を開けてくれ。ほーら危ないぞ、馬車が通るぞー。」「はーい、パイだよー…」「新聞はいらないかー…」
ポラスキー:「これはすごいわね。」
ラフォージ:「ホロデッキは初めてでしたっけ?」
「いえでも、これほど込み入ったものじゃなかったわ。ロンドンみたいな巨大な都市をどうやってまるごとこの中に造り出すの?」
データ:「広さまではもちろん変えられません。ですから遠距離地点に見える映像は、ホロデッキの壁に投影されています。」
ラフォージ:「完璧な映像なんで、触ってみなけりゃ絶対壁とはわかりませんけどね。全部、コンピューター制御なんです。さてとホームズ、どこへ行く? 劇場か? パブか? それとも演奏会か?」
声が聞こえた。「おい、待て! つかまえてくれー!」
子供が 3人の間を抜けて走っていく。
パイ屋※13:「パイを盗った、つかまえてくれー! 待ちやがれ、こいつめー…」
データ:「待て! あれは策略。こっちだ。」
ポラスキーをエスコートするラフォージ。
データは一軒の家の前に来た。
ラフォージ:「ここに何があるんだ?」
ポラスキー:「どういうこと、教えて。」
データ:「あの少年はおとりだ。本当の犯罪はここで起こる。そして被害者となるのはあの男だ!」 向こうから歩いてくる人物がいる。「ジャベズ・ウィルソン氏。赤毛連盟の雇われ人。犯罪者たちのカモに選ばれた。…あれに見覚えがある。赤毛連盟本部。そしてこの呼び鈴のロープだ。容易に推理できよう。ジャベズ・ウィルソンはここで不快極まる、世にも恐ろしいやり方で殺されることになる。これだ!」
ロープを引っ張るとベルが鳴り、そして一匹のヘビが落ちてきた。驚くラフォージとポラスキー。
ポラスキー:「…インチキよ! これは推理じゃないわ? ホームズの赤毛連盟とまだらの紐のヘビをくっつけただけじゃないの。」
データ:「推理です。一般事象から個々へ、それが演繹法の定義ではないのですか? それがホームズの推理ではないのですか?」
「これはただの応用だわ。どう、これでわかったでしょ? 彼は記憶している問題しか解けないの。インスピレーションや、独創的発想。それがホームズの力の本質でしょ? データにないのはそこなのよ。…あなたの知識量には確かに脱帽よ? でも、見たことも聞いたこともない謎に出会ったらあなたの回路はショートするんじゃない? …大切なのは、ひらめき※14。」
ラフォージ:「いや、データがどこまでやれるのか試してみましょうよ。」 データを呼ぶ。
3人の様子を、物陰に隠れて見ている男がいる。
ラフォージ:「コンピューター、アーチ※15。」
アーチ状の機械が出現した。
ポラスキー:「本気なの? 今ならまだメンツも保てるけど、もう一度やったら今度は丸潰れよ?」
男は不思議そうに見つめる。
ラフォージ:「コンピューター、今のプログラムは無効にする。それでだ、データの力を試すプログラムにする。」
ポラスキー:「彼が全く知らない事件が起こるんでなきゃダメよ?」
「コンピューター、ホームズタイプのミステリーでデータをきりきり舞いさせるようなのを頼む。…そうだ、データを負かすぐらいの敵を登場させろ。」
コンピューター:『パラメーターを設定して下さい。』
ポラスキー:「どういうことなの?」
ラフォージ:「どこまで突き詰めるかっていうことですよ。」
「危険を避けるために制限をおくの。」
「いやこの場合、パラメーターっていうのは指令の遂行のために必要なものです。データを負かす力のある、強いライバルをパラメーターとして組み込め。」
ブリッジのウォーフは、コンピューターの反応に気づいた。「何だ今のは。」
ライカー:「どうした。」
「出力に、乱れが出ています。…元に戻った。」
ホロデッキ内のアーチが消滅した。
ポラスキー:「面白いわね、さっきと同じロンドン。でも、微妙に違うわね。」
歩いていく 3人。
隠れていた男は帽子を被った。
近づく売春婦※16。「何よ、どうしたのさ教授。」
教授:「まるで、生まれ変わったようだ。あの、妙なメガネの男※17が『アーチ』と言ったら…何だろう。アーチ!」
アーチが出現した。
近づく教授。「これは一体…」
コンピューター:『コンピューター、スタンバイ。』
「…何者だ。」
『アーチのことをおっしゃっているのなら、これはコンピューターコントロールです。コマンドを入力しますか?』
「…今はやめておこう。」
瞬時にアーチが消えた。
驚く売春婦。「黒魔術だよ、モリアーティ※18!」 叫び、逃げていく。
モリアーティ:「ああ、しかも極上のな。だがまず調べることがある。」
歩くラフォージ。「データ、ああいや我が親友ホームズ。俺たち、どこへ向かってるんだ?」
後ろを歩いていたポラスキーは脇道へ入っていく。
データ:「事件が我らを導くところへだ。」
女性の叫び声が響いた。
戻る二人。
データ:「彼女がさらわれてしまった!」
ラフォージ:「彼女って。」
「善良なるドクターだ。」 靴が落ちている。
「ああいや、きっと隠れてんだよ。俺たちが慌てて探し回ったって話を、アルファ・ケンタウリ星※19まで広める気だ。」
靴を虫眼鏡で調べたデータ。「ワトソン。」
ラフォージ:「あ?」
「ドクターは、2人の男に連れ去られたようだな。一人は背が高く、もう一人は小柄。そして左利きだ。どこかの研究所の、研究員に違いない。」
「何でそんなことがわかるんだ?」
「片方の足跡は歩幅がかなり広い。もう一つは比較的間隔が狭い! さらに! 歩道に残った、このひねったような靴のこすり跡。左足を軸として振り返ったときのものだ! 推測するに、追っ手の有無を確かめたのだ。軸が左足なら、左利きだよ。こすり跡が黒いところから見て、靴底は天然ゴムでできている。つまり非伝導性のソールがついた靴、電気の実験をする科学者たちが履く物だ。そして最後に! これには議論の余地はない。いよいよゲームが、始まったのだ。ゆくぞ、ワトソン!」
微笑むラフォージ。
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※13: Pie Man (リチャード・マーソン Richard Merson 2003年6月に死去) 声はごろつき役の伊井さんが兼任
※14: 原語では "It's elementary, dear Data." 「初歩的よ、データ君」。原題の由来。ホームズの口癖とされている "(It's) Elementary, my dear Watson." 「初歩的だよ、ワトソン君」より。ただしドイルの原作には全く入っていないそうです
※15: arch
※16: Prostitute (ディズ・ホワイト Diz White) 声:滝沢ロコ
※17: 原語では「黒人」。ヴァイザーやデータの肌など 19世紀の設定にそぐわないものは、ホログラムキャラにとって変に感じないように設定されている可能性があります
※18: ジェイムズ・モリアーティ教授 Professor James Moriarty (ダニエル・デイヴィス Daniel Davis) 初登場。声:堀勝之祐、DS9 ヴィック、旧TMP デッカーなど
※19: ケンタウルス座アルファ Alpha Centauri 太陽に最も近い恒星。TOS第21話 "Tomorrow Is Yesterday" 「宇宙暦元年7・21」など
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