ディープスペースナイン エピソードガイド
第160話「ペーパームーンに抱れて−戦争の影パートII」
It's Only a Paper Moon
イントロダクション
廊下。 エズリ、リータ※1と 3人で歩いているロム※2。「馬鹿なこと聞いたらどうしよう。あの子が傷つくこと。」 エズリ:「例えば?」 「ズバリ…義足はどう? とか。」 「何も聞かない方がかえって不自然よ。」 「でも刺激したくない。」 リータ:「大丈夫。でも私は迎えに出ない方がいいかも。」 エズリ:「なぜ?」 「…病院に手紙を出したけど一度も返事がこなかった。私は継母だもの、仕方ない。でもノーグはとても辛い体験をしたのよ。家族水入らずの方がいいんじゃない?」 「君だって家族だ。」 貨物室に入る。 エズリ:「そうよ、リータ。二人とも少し肩の力を抜いて。ノーグにとって片足をなくしたことは大きなショックよ。何を言ってもそれ以上ショックなことはないでしょうから…しっかり抱きしめてあげればいいのよ。今日のところはね。」 キラが 3人に近づいた。「船が着いたわ。」 ロム:「ああ…。」 エアロックのドアが開く。到着した士官たちと、待っていた人々の会話が交わされる。「どうも。」 「ああ、お帰りなさい。」 「ただいま。元気だった?」 「ええ。」 ジェイクやクワークを含め、上級士官たちがノーグを待っている。 シスコもやってきた。「中佐。ノーグは本当にこれで戻るのか?」 キラ:「今朝乗客リストをチェックしましたから、確かにこれに乗っています。」 リータ:「ノーグよ。」 最後にノーグ※3がやってきた。杖をついている。 その様子を見守る一同。自然に拍手が起こる。 キラ:「おかえりなさい。」 ロム:「おかえり。」 リータ:「おかえりなさい。」 ノーグ:「どうも。どうも。ただいま戻りました。ドクターからです。」 パッドをシスコに渡す。 シスコ:「『治療休暇』? 冗談だろ。」 オブライエン:「自分だけ遊ぶための口実でしょうね。」 ベシア:「しっかり働くのがリハビリです。」 オドー:「ノーグは指令書をでっち上げたんですよ?」 シスコ:「いや、本物だな。『追って通知があるまで、ノーグ少尉の職務を免除する。』 ただし…上級士官室での帰還パーティには出るように。」 再び拍手が起こった。 ノーグ:「ではほかになければ…疲れていますので、部屋に引き上げたいのですが。よろしいですか。」 エズリ:「もちろん。帰還祝いは落ち着いてからね。」 「どうも。」 ジェイク:「荷物を持とう。」 「平気だ。…では、これで失礼します。」 独りで歩いていくノーグ。 リータが近づこうとするが、エズリは止めた。 ノーグは振り返ることなく、貨物室を出た。 |
※1: Leeta (チェイス・マスタースン Chase Masterson) DS9第154話 "Take Me Out to the Holosuite" 「がんばれ、ナイナーズ!」以来の登場。声:榎本智恵子 ※2: Rom (マックス・グローデンチック Max Grodenchik) DS9第158話 "The Siege of AR-558" 「戦争の影−AR558攻防戦−」以来の登場。声:田原アルノ ※3: Nog (エイロン・アイゼンバーグ Aron Eisenberg) DS9 "The Siege of AR-558" 以来の登場。声:落合弘治 |
本編
話しているエズリ。「ジュリアンとマイルズは、ますますアラモ砦のプログラムにハマっちゃってるのよ。マイルズなんて仕事場にまで、毛皮の帽子で現れるんじゃないかって。」 笑うエズリ。私服のノーグは反応しない。 エズリ:「…デイヴィー・クロケットがそういう帽子を被ってたの。ほら、例のアライグマの。」 ノーグ:「よく知ってます。」 「ああ。…そうねえ…あなたが留守中の出来事はこんなところかしら。…ほかに話したいことない?」 「…特にありません。……そらきたぞ。」 「何?」 「『杖のこと』ですよ。僕がなぜ杖を使ってるのか、今聞こうとしたでしょう。義足は完璧だから、杖なしで歩けるとドクター・ベンバセット※4は言ってるのにね。問題は心理的なものだと聞いてるはずだ。思い込んでるって。」 「聞いてないわ。」 「でもそう思ってる。」 「ドクターの意見より、あなたはどうなの? なぜ杖がいるの?」 「痛いからです。…義足に体重をかけたらすごく痛くて、ちゃんと歩けない。だから僕には杖が必要なんですよ。」 「よくわかったわ。」 「よかった。……中尉、ほんとのこと言っていいですか。」 うなずくエズリ。 ノーグ:「僕は 3週間毎日のように、235基地※5のカウンセラー相手に、自分の心情を語ってきました。だからカウンセラーには、少々ウンザリでね。しばらく独りにしておいてもらえませんか。」 エズリ:「わかったわ。今日のところはこれぐらいで。また明日。」 エズリは振り返りつつ、部屋を後にした。 ノーグ:「コンピューター、今何時。」 コンピューター:『ただいま、9時32分です。』 ベッドに近づくノーグ。杖を置き、傍らに設置してあるコンピューターに、アイソリニアロッドを差し込んだ。 音楽が再生される。ベッドに横になるノーグ。 ヴィック・フォンテーンの歌が始まった。ノーグは目を閉じる。 In all the old familiar places That this heart of mine embraces... エズリと話すシスコ。「ジェイクによるとノーグは一日 18時間寝て、リハビリの予約を 2度もすっぽかしたとドクターから聞いた。」 エズリ:「それにカウンセリングの方も一向に進みません。ノーグはカウンセラーにウンザリしているんです。…でも無理もないわ。2月もカウンセラーと付きっきりで過ごしたんだもの。」 「今後は?」 「…どうでしょう。静かに見守って待つのが最良の策かと。」 「そうは思えない。」 「ええ。でも人は自分で治療法を見出すこともあります。静かに見守りましょう。」 ジェイクとノーグの部屋。 ジェイクはベッドで横になっているが、ノーグが流している歌が気になって眠れないようだ。 だが、また同じ歌が流れ始めた。 In all the old familiar places... ノーグのベッドに近づくジェイク。「ノーグ! 僕は君を理解したいと思ってるし、友達でいたいけど、でももう我慢できない!」 ロッドを引き抜き、音楽を止める。「一体何度同じ歌を聴けば気が済むんだ。もう耐えられない!」 無言のノーグ。 ジェイク:「おい、何とか言えよ。戻ってからまともに口を聞こうともしない。」 ノーグ:「話すことがないからさ。」 「あ…力になりたいんだよ。でも君がそんな態度じゃな。」 舌打ちするジェイク。 「力になりたい? よし。ならほっといてくれ。」 「そうかい。わかった。でも今度その歌を聴く時は、ホロスイートに行ってくれ!」 ベッドに戻るジェイク。 ノーグは立ち上がった。 廊下。 独りで歩いてきたノーグは、ターボリフトのスイッチを押した。 到着したターボリフトに乗る。 ターボリフトの中。 ノーグには叫び声が聞こえてきた。 ジェムハダーが発砲してきた。最後を歩いていたラーキンに直撃する。 AR-558 での出来事を思い出すノーグ。 ノーグも足を撃たれてしまった。 痛みに叫ぶノーグ。 ターボリフトが到着した。 ノーグはクワークの店のロックを解除し、中に入った。 一段一段、階段を上がるノーグ。 ノーグはコンソールを操作した。 コンピューター:『プログラム、オン。いつでもどうぞ。』 ホロスイートの中に入る。 ヴィック※6はバンドのメンバーに楽譜を渡していた。 ノーグが来たことに気づく。「やあ、相棒! よく来たなあ。」 笑って握手する。「ヴィック・フォンテーンだ。」 ノーグ:「よろしく、ノーグです。」 「ロムのせがれだろ?」 「ええ。」 「自慢の息子だ。ロムはいつも士官の君を自慢してるよ。」 「ええ。」 「今日は?」 「…『会いたくて』※7を聞きに来ました。」 「お安い御用だ。ほかには?」 「ない。あの曲が…聴きたくて。」 「特別な曲らしいね。」 「…ええ。以前あの曲に…救われました。」 「それが歌の力だ。」 バンドに指示するヴィック。「『会いたくて』を頼むよ。」 ピアノの演奏が始まった。目を閉じるノーグ。 歌い始めるヴィック。 In all the old, familiar places... 仮設医療室で寝ているノーグ。「ドクター。」 「この曲は。」 「自分用にヴィックの歌を録音してもらった。」 「ヴィック?」 「僕のホロスイートプログラムの人物さ。嫌なことを、忘れさせてくれる。うるさかった?」 「…いえ。いい曲です。」 目を閉じて歌を聴く。 首を動かしながら聞き入るノーグ。 The wishing well I'll be seeing you In every lovely summer's day In everything That's bright and gay I'll always think of you... 曲調が変わり、まだ聞き続けている。 And when the night is new I'll be looking at the moon But I'll be seeing you I'll find you in the morning sun And when the night is new I'll be looking at the moon But I'll be seeing you. ヴィック:「どうも。ちょっと休憩。若いの、この歌は 15通りアレンジしたんだけど、さて君はどれがお好みだ?」 ノーグ:「…最初の。」 「ハ、そう言うと思ってたよ。この歌は、ジュリアンのところで聞いたんだな?」 「ええ。」 「彼に宣伝させたら、プレスリー※8よりビッグになれたかも。」 「誰?」 「いいんだ。で、足はどう。」 「……知ってたの?」 「噂でね。」 「ああ…正直に言っちゃうと、痛む。」 「ドクターが助けてくれるだろ。」 「いや、心理的なものだって。『トリコーダーによると、足の痛みは感覚器官が刺激されたものじゃない。思い込んでるだけだ。』 何と言われようと、僕は痛みを感じるんだ。」 「…信じるよ。」 「…君だけだ。」 「…何か、力になろう。また歌おうか?」 「いいや。」 笑うヴィック。「よかった。正直言って、いい加減あの歌にも飽き飽きしてた。ほかの歌は?」 ノーグ:「いや。今夜はもう寝るよ。」 「うん。気をつけて。また今度。」 「ええ。」 ノーグは立ち止まり、何か考える。 「どうかしたのか?」 「自分の部屋に戻りたくないんだ。…というか人生に戻りたくない。……ヴィック。君の住まいは? ああ…プログラムの中に、家があるの?」 「ホテルのスイート住まいだ。」 「…空いてる部屋は?」 「あるよう。僕のところに来る?」 「しばらく滞在したい。正式には僕は治療休暇中で、規則では…自分でリハビリ施設を選べるんだ。」 「リハビリにホロスイートを選ぶのか?」 「だめ?」 「…いや、いいとも。君が本気なら、一緒に過ごそうじゃないか。」 「ありがとう。」 喜び、握手するノーグ。 「こいつう。」 |
※4: Dr. Benbasset ※5: Starbase 235 ※6: Vic Fontaine (ジェイムズ・ダーレン James Darren) DS9 "The Siege of AR-558" 以来の登場。声:堀勝之祐 ※7: "I'll Be Seeing You" DS9 "The Siege of AR-558" で、ベシアが録音を流した曲です。CDアルバム "This One's from the Heart" に収録されています ※8: エルヴィス・プレスリー Elvis Presley (1935〜77年) 原語では「エルヴィス」 |
ロムが上級士官室の席についた。「どうかしてるよ!」 リータ:「ロム…。」 「ノーグはイカレちまったんだ。」 エズリ:「彼はまともよ。」 シスコ:「だがホロスイートに住んでる。」 「…最初は私もちょっと…妙に思ったけど、でもよくよく考えてみればね、案外いい兆候かもしれない。」 クワーク:「ドクターの青臭いプログラムに隠れるのがいいってか?」 ベシア:「おい。」 クワーク:「戦闘ものに夢中になるよりは、まだましかもな。」 リータ:「下らないスパイものにハマるよりもね。」 ベシア:「ちょっと!」 ロム:「ヴァイキング・プログラムよりいいけど。」 「おい!」 シスコ:「やめろ。…ノーグのためになるというのは確かか?」 エズリ:「いえ、わかりません。…でもノーグは自分だけのセラピーの形を、無意識に求めようとしているのかもしれません。」 ジェイク:「あ…ホロスイートに隠れるのがセラピーとは思えないな。」 「…確かに妙だけど。」 クワーク:「っていうか、馬鹿げてる。」 ベシア:「そうかな。僕はエズリの意見に賛成だな。人には本来生への強い本能が備わってる。理由はどうあれノーグは、ヴィック・フォンテーンの世界に避難することを選んだ。」 エズリ:「成り行きを見守り待つべきです。」 シスコ:「では誰かがヴィックと会ってくれ。ノーグの心身に留意するよう、伝えておくべきだ。」 「お任せを。」 クワーク:「で、ホロスイート代は誰が払ってくれるんだ?」 シスコはクワークを見た。 クワーク:「…俺だよね。」 シスコ:「さすがクワーク、気前がいいな。引き続き報告を。」 うなずくエズリ。 ホロスイート。 私服のヴィック。「任せろ。ノーグには、癒しが必要だって会った瞬間にわかった。」 エズリ:「よろしく。何か質問は?」 「本人は否定してるが、本当に杖なしで歩けるのか?」 「確かよ。肉体的には完治してるもの。」 「実は、杖を捨てさせるいい方法を思いついた。」 「そう。でも無理強いはだめ。」 「僕、そんな風に見える?」 「いいえ。困ったらいつでも呼び出して。」 「わかったよ。」 店内では準備が進んでいる。「これお願いね。」「ええ。」 出ていくエズリ。 ノーグはテレビを観ている。『ジャック・ウェルソンか。』『だったらどうした。』 ヴィックがやってきた。「やあ、青年。」 ノーグ:「ヴィック。これ観たことある?」 「あるとも。」 笑うヴィック。 映画は続く。『…どんな噂だ。』『嘘つきで意気地なしの、腰抜け野郎だってな。』 撃ち合いが始まる。見入るノーグ。『シェーン※9、危ない!』 ヴィック:「帳簿を見ても、自分が金持ちだか貧乏だかさっぱりわからん。」 ノーグ:「本物の金じゃないんだから、いいだろう。」 「僕には本物さ。」 「コンピューターでいくらか振り込もうか?」 「結構。何とかするさ。」 クライマックスに近づく「シェーン」。『これでお別れだ。』『どうして。』 ノーグ:「シェーンはさっき撃たれたよねえ。」 ヴィック:「ああ、腕に命中した。」 「血も出てない。痛がってもいない。」 「まあ、映画だからねえ。」 最後のシーンだ。『シェーーン! 行かないでー!』 ノーグ:「…ジョン・ウェイン※10の方がまし。」 ヴィック:「そうだなあ。しまった。そろそろショーの時間だ。」 「ショー? 一緒にいられないの?」 「『いられる』さ。出かけるぞ。僕は出番があるが。」 「キャンセルして。」 「無理だ。」 「どうして。」 「僕はプロだぞ。歌は僕の人生そのもの。ショーで歌わなきゃ、僕はタキシードを着たただのおじさんだよ。来るだろ?」 「…わかった。」 「よし。いい物を進呈しよう。これでカッコがつくぞ。スタイルに。」 ヴィックが取り出したのは立派な杖だった。「どうだい、これ。エロール・フリン※11がもってた物のレプリカだ。彼のはもう少し長いが。」 「かっこいいねえ。グランド・ネーガスのみたいだ。」 「仕掛けがある。先端のボタンを押してみて。」 ノーグが言われた通りにすると、先端から小さな火が吹き上がった。「あ! すごいや。何のためなの?」 ヴィック:「レディにサッと差し出すのさ。でも優しく扱え。壊れやすい。全体重をかけるなよ。」 「ああ、そこまでしなくても歩ける。」 「よし、じゃあ着替えだ。」 「タキシード?」 「わかってるなあ。」 笑うノーグ。 ステージで歌っているヴィック。※12 I can make the rain go Any time I move my finger Lucky me Can't you see I'm in love? Life is a beautiful thing As long as I hold that string I'd be a silly so-and-so If I should ever let it go I've got the world on a string Sittin' on a rainbow Got the string around my finger What a world, what a life I'm in love life is a beautiful thing As long as I hold that string... 出迎える店員。「いらっしゃいませ。あちらにノーグさんがおいでですよ。どうも。」 ジェイクはノーグのテーブルに近づいた。「やあ、ノーグ。君に紹介しよう。」 後ろの席から声が飛ぶ。「見えないぞー!」 ジェイク:「ああ、ごめん。」 席につく。「ノーグ、彼女はキーシャ※13。キーシャ、ノーグだ。」 キーシャ:「よろしくね。」 ノーグ:「ヴェガスにようこそ。」 「ありがとう。」 What a world, what a life What a world, what a life I'm in love. ヴィック:「ありがとう、皆さんどうも。今日はきっと、親戚がたくさん来てるに違いない。」 笑う 3人。次の歌※14が始まる。 ジェイク:「…それで、どうしてた。」 ノーグ:「ブラブラとね。」 キーシャ:「どの辺りを?」 「言ってみただけ。」 ジェイク:「ここじゃあ、地球の古い俗語をよく使うんだ。だろ、大将?」」 「ああ。」 「…そうだ、カクテルを注文しよう。…キーシャ、何がいい。」 キーシャ:「マカラ・フィズ※15を。」 ノーグ:「そんなものない。」 「あら、じゃ何がおすすめ?」 「マティーニ※16、オリーブ※17 2個。」 「じゃあそれを。」 ジェイク:「よし、すぐ戻るよ。」 テーブルを離れた。 ノーグ:「どうかな。」 「ヒーローだとも言ってたわ。」 「僕はヒーローじゃない。」 「謙遜しないで。ジェイクだけじゃなくてステーションのみんながそう言ってた…」 「いいか、僕はヒーローじゃない。」 「わかった。」 ノーグはキーシャの視線に気づいた。「…どっちだって?」 キーシャ:「何?」 「今考えてただろ、どっちの足だって。」 「いえ、私はそんなこと考えてない。」 「そんなこと?」 「だからその、つまり…」 「義足か? はっきり言えよ。」 「いえ、ええ…あの、何も言うつもりはなかった。」 「だったら黙ってろ。」 ジェイクが戻ってきた。「さあ、お待たせ。マティーニだ。」 立ち上がるキーシャ。「ジェイク、もう失礼しましょ。」 ノーグ:「それがいいだろうな。」 ジェイク:「…一体どうしたんだ。」 キーシャ:「私が悪いの。じっと見たつもりはなかったのに。」 「何を。」 ノーグ:「何かな。」 「…ああ。」 キーシャ:「私のせいで気を悪くしたのならごめんなさい。」 ノーグ:「いいさ。さよなら。」 ジェイク:「ちょっと待てよ、謝ってるだろ。」 「わかってるから、もう帰れ。」 「…ノーグ、どうしちゃったんだよ。」 「いいから、帰ってくれ。」 「ノーグ。」 「まだわからないか。」 ノーグはテーブルをひっくり返した。倒れたジェイクに近づき、殴る。驚く周りの客。 ステージを下りるヴィック。「おい、ちょっとよさないか。大丈夫か?」 ジェイクは立ち上がった。「平気です。」 ヴィック:「ノーグ、帰るんだ。」 ノーグ:「え?」 「聞こえただろ? ここで客を殴るなんて許さんぞ。放り出される前に出て行け。」 ノーグは杖を取り、店を後にした。 |
※9: Shane 同名の映画の主人公。1953年 ※10: 原語では「捜索者」("The Searchers")。1956年のジョン・ウェイン主演映画。TOS パイク船長役のジェフリー・コムズも出演 ※11: Errol Flynn (1909〜59年) ※12: "I've Got the World on a String" この曲も CDアルバム "This One's from the Heart" に収録されています ※13: Kesha (Tami-Adrian George) 声:魏涼子 ※14: "Just in Time" この曲も CDアルバム "This One's from the Heart" に収録されています。吹き替えでは、ほとんど聞こえませんが… ※15: makara fizz DS9第101話 "Looking for Par'Mach in All the Wrong Places" 「クワークの再婚」などでマカラが言及 ※16: martini ※17: olive |
ヴィックの部屋。 ノーグは、また西部劇を観ている。 帰ってきたヴィック。「起きてたのか。」 ノーグ:「眠れない。」 「消していい?」 テレビを消すヴィック。「呆れたねえ。」 「騒ぎを起こしたことは謝る。」 「相手が違う。殴られたのは僕じゃない。」 「ジェイクにも謝るよ。」 「彼女にもだ。」 「わかってる。……明日の晩はクラブに行ってもいい?」 「もう客を殴るな? 商売に影響が出る。」 「約束する。二度とあんなことはしない。」 「…一体何があった。」 「よく覚えてない。彼女が僕をヒーローだと言い出して…そこから何だかおかしくなった。」 「ヒーローって言われたんだろ? それで親友を殴ってりゃ世話ない。今後、君を誉めないようにしよう。……疲れたよ。こんなこと初めてだ。」 「何が。」 「疲れさ。こんなに長く、プログラムを動かしたことはない。いつもは、2、3曲歌う程度で、長く起きててせいぜい一晩。一日中活動することはない。」 「もう寝た方がいい。」 「仕事が残ってるんだ。帳簿をつけ忘れると、税務署にどやしつけられることになる。」 「クワークおじさんみたい。何か手伝おうか?」 「簿記の知識は?」 「僕はフェレンギだ。金なら任せて。」 ヴィックは何冊もある帳簿を渡した。「お頼みします。」 ノーグ:「コンピューターは?」 「これ。」 鉛筆を見せるヴィック。「ここは 60年代の地球なんだぜ?」 「大丈夫。何とかする。」 「休ませてもらうよ。」 「…一つ聞いていい?」 「ああ。」 「寝てる間…夢は見るの?」 「フン。…おやすみ、若いの。」 「ああ。おやすみ、ヴィック。」 微笑むノーグ。 エズリがヴィックの店に入った。 客と話していたヴィック。「それで、ディノ※18がローブを取りに入ってきた時、フランク※19が背中にでっかく書いた文字に気づかなかったんだ。続きは後だ。やあ、先生。」 エズリ:「ハーイ。ノーグは?」 ヴィック:「部屋の方で溜まった領収書と格闘してる。優秀な会計士だ。税金が戻ってくるらしいよ。すごいだろう。」 「…ノーグに話があるの。」 「今すぐ?」 「急いでる。」 「ジェイクとの一件だろ? 訴えられるのか?」 「いいえ。でもノーグはそろそろホロスイートを出る時期よ。」 エズリを呼び止めるヴィック。「ちょっと待ってくれよ! でも彼は良くなってる。この前はカッとなったが、もう二度とあんなことはない。」 エズリ:「ヴィック、一生隠れてはいられないのよ。いつかは現実と向かい合わなきゃ。」 「ノーグは現実にどっぷり浸かりすぎた。片足を失い、友人の死に直面した。君が言ったように、無理強いしちゃいけない。」 「…悪いけど、あなたはホログラムでしょ? 私はカウンセラーで、プロなの。ノーグはここを出る時期よ。」 「治療休暇中だ。宇宙艦隊の規則によれば、どこでも好きな所で過ごせるはずだよ。」 「どうしてそれを?」 ノーグ:「僕が話した。」 いつの間にか来ていた。「無理矢理追い出すって言うなら艦隊を辞めます。」 「ちょっと、待って。落ち着いてちょうだい。誰も無理強いしようなんて言ってないわ。」 「よかった。僕らには大きな計画があるんです。」 ヴィック:「そうだっけ?」 「店の帳簿を見てすぐわかった。このクラブはラチナムを無限に生み出す。僕が思うに、今がビジネスを広げるビッグチャンスだ。」 エズリ:「ノーグ、ここはホロスイートよ。」 「それはよくわかっています。でも新しいカジノを造っちゃいけない法はない。」 ヴィック:「新しいカジノ? 僕って資産家だったの?」 「失礼させて頂きます。ビジネスの話がありますので。」 歩いていくノーグとヴィック。エズリはため息をついた。 |
※18: Dino ディーン・マーティン (Dean Martin、1917〜95年) の本名 ※19: Frank フランク・シナトラ (Frank Sinatra) |
店のカウンターで、ヴィックに設計図を見せているノーグ。 ノーグの仕事の様子を見るヴィック。 But it wouldn't be make-believe If you believed in me... ヴィックはポップコーンを食べながら、テレビに見入っている。ノーグも食べ始めた。 Hanging over a Muslin tree But it wouldn't be make-believe 杖で、女性のタバコに火をつけるノーグ。 Without your love 2人で新聞を読みふける。 ヴィックは、眠っているノーグに毛布をかけた。 It's a melody played in a penny arcade It's a Barnum & Bailey world Just as phony as it can be 店に来たエズリ。 If you believed in me It's a honky-tonk parade It's a melody played in a penny arcade ヴィックの歌※20が続く。 Just as phony as it can be But it wouldn't be make-believe If you believed in me No, it wouldn't be make-believe It you believed in me. 店員に指示するノーグ。「余計な飾りはいい。客の注文はフルーツじゃなくて、カクテルなんだからね。」 店員:「わかりました。」 「後で話そう。」 「はい。」 出迎えるウェイトレス。「こんばんは。」 ノーグ:「ここは僕が。やあ、久しぶりだねえ。」 やってきたのはロムとリータだった。 ロム:「やあ。」 リータ:「やあ、ノーグ。」 ノーグ:「ああ、あちらへどうぞ。」 テーブルにつく二人。 リータ:「…それで…元気だった?」 ノーグ:「最高だよ。ビジネスは絶好調。売り上げはドンドン伸びてる。この儲けを維持するのは大変だ。」 ロム:「でもそれってホログラムの儲けだろ?」 「ああ、そうさ。…それで、父さんたちは元気?」 リータ:「…あの…ロムが昇進したの。」 ロム:「ああ…一級整備機関士※21になったんだ。」 笑うノーグ。「そりゃすごいや! おめでとう、父さん。」 ロム:「ありがとう。」 「お祝いしなくちゃ。ラウンジを貸し切って、昇進祝いをしよう。」 リータ:「実は…チーフ・オブライエンがパーティを開いてくれたのよ、夕べ。」 ノーグ:「ああ。」 「突然決まったから、招待する間もなくって。」 「気にしないで。どうせ、出られなかった。夕べはとても忙しかったから。あ、お得意さんが来た。ちょっと失礼するよ。挨拶してくる。」 笑い、その場を離れるノーグ。 ロム:「OK。がんばって、ノーグ。」 リータ:「じゃあね。」 店にいたエズリに声をかけるヴィック。「先生! まだ口を聞いてくれるかなあ。」 エズリ:「もちろんよ。……あなたに謝らなきゃ。ノーグのこと、いろいろありがとう。生まれ変わったみたいね。」 「ノーグには時間が必要だっただけさ。」 「足の具合も良さそう。…あの杖は素晴らしいわ。いつもさっそうとしてる。」 「足はいいよ。昨日新しいカジノの建築士のところに出かけたんだが、ノーグは階段を駆け上がってた。」 「冗談でしょう?」 「冗談なものか。」 「…今後の予定は?」 「ああ、カジノの建設が始まるまで 1週間はかかるから、タホー湖※22に飛んでしばらく過ごす。サミー※23が現地で公演予定があって、ノーグを紹介するつもりだ。」 「サミーって友達?」 「親友だ。」 「…あー、そっか。サミーにノーグを説得してもらうのね。ホロスイートを出る時だって。」 「いやあ、そのう…」 戸惑うヴィック。 「ああ、いいのよ。あなたの気持ちはわかってる。作戦を聞き出すつもりはないわ。最初から計画してたのね。私って浅はか。カジノに作戦以上の意味があるわけないのに。ノーグが一生ホロスイートで暮らすなんて、あり得ないことよね。」 「…そうとも、もちろんだよ。…君が言った通り、カジノは単なる作戦なんだ。」 「…みんながノーグを待ってる。」 寂しそうなロム夫妻を見るエズリ。 「ああ。もう大丈夫だ。」 「やっぱり現実を離れる必要があったのね。後はいつ現実に戻るか決めるだけ。その判断はあなたに任せる。それじゃまた。」 「また。」 ヴィックは客と談笑しているノーグを見る。「お願いしますよ。」「ああ。」 部屋に戻るヴィック。 ノーグはベランダで設計図を書いていた。「お疲れ様、ヴィック。」 ヴィック:「ただいま。顔なじみが大勢いたようだが、君のご両親も来てたの?」 「ああ、まあね。それより新しいカジノだけど、クラップテーブルを南棟に移して、スロットマシーンを置くってのはどうかなあ。こっちの方に。」 「いいねえ。」 「ああ。」 ヴィックは設計図を片づける。「考えとくよ。」 ノーグ:「でも、建築士に会うのは明日の朝でしょ?」 「もういいんだ。君はそろそろ帰れ。」 「どこへ?」 「わかってるだろ? プログラムを終わりにする。」 「ああ…でもやることがいっぱいある。一緒にカジノを建てるんだ。」 「もういいんだ。これは幻想で、現実じゃない。」 「僕には現実だ。君にとってもね。違うとは言わせない、僕にはわかる。」 「そうさ? 僕には現実だ。でも僕はホログラムで、生身じゃない。君が来るまで、こんなに長く続けて起きていたことはなかった。」 「わかってる。でも今こうして、一日中起きてる。素晴らしいだろ?」 うなずくヴィック。「…確かにね。」 ノーグ:「そうさ。」 「君が来てから、僕は毎晩眠りにつき、毎日仕事に出かけ、じっくり新聞を読み、カードゲームを楽しんだ。人生そのものだ。」 「ああ。」 「正直言って、貴重な経験だった。僕にはどういうものか、実感がなかったからね、人生が。だからそのお返しに、君に人生を返そう。」 「ああ…。でも僕は現実の人生なんて欲しくない。ここで 100%満足だ。」 「『ここ』ってどこだ。実体なんてない! わからないか? ここはどこでもない、僕も含めて幻想だ。このプログラムで幻じゃないのは、君の存在だけなんだよ。」 「わかった、わかったよ。…でもまだ準備ができてない。時間が欲しい。……今夜は休んで、明日話し合おう。」 「若いの。…こんなことしたくないが、もうこうするしかない。コンピューター?」 「やめてくれ!」 「プログラム終了。」 ヴィックの姿に続き、全ての映像が消えた。 「ああ…。」 空になったホロスイートには、杖が転がっていた。 |
※20: Maintenance Engineer First Class ※21: "It's Only a Paper Moon" 原題。この曲も CDアルバム "This One's from the Heart" に収録されています ※22: Tahoe ※23: Sammy サミー・デイヴィス Jr (Sammy Davis Jr.、1925〜90年) |
ノーグは工具を使い、ホロスイート内のコンピューターに作業を行っている。 オブライエンがやってきた。「ああ、ノーグ。」 ノーグ:「チーフ。何ですか?」 「いやあ、別に。司令室で故障個所がないか、診断プログラムを動かしてたら、ホロスイート投影回路の異常な磁場に気づいてね。君だったのか。」 「すみません。ラスヴェガス・プログラム続行に、トラブルがあって。」 「…あのな。ヴィックのマトリックスは標準の光活動ホログラムと少し違うんだよ。彼は自分で消えられる。…無理矢理呼び出せないんだ。」 「自由意思をもってると?」 「ああ…それは、わからない。わかってるのはヴィック本人が消えたいと思ったら、消える。だからホロスイートをいじくってもどうにもならない。」 工具を置くノーグ。「ああ。」 オブライエン:「力になろうか?」 「いや。」 オブライエンは立ち上がる。「そうだ、ノーグ。みんな…君を待ってる。」 ノーグ:「ああ。」 出ていくオブライエン。 ヴィック:「さて?」 知らぬ間に起動していた。「これでわかっただろ? 僕は普通のホログラムより賢い。ホロスイートを引っかき回すのは、もうよせ。」 ノーグ:「じゃあプログラムを出してくれ。」 「それはこの前はっきり言ったはずだ。君は帰れ!」 「…わからないのか? 僕は現実では生きられない。」 「なぜだ。」 「…怖いんだ。そうさ。怖いんだよ。」 泣き始めるノーグ。「……戦争が始まった時、平凡な士官暮らしだったけど…でもやる気満々だった。自分の力を試したかったんだ。…自分に兵士としての資質が備わってると証明したかった。その後僕は何度も戦闘を体験し、大勢の兵士たちが傷つく姿を見た。…大勢の人々が死ぬ姿もね。…でも自分だけには悪いことは起きないと思い込んでいた。そしてある日突然、自分の足を切断しなきゃならないとドクターに告げられた。…信じられなかった。…今でも信じられない。…現実には僕も負傷し…足を失ってしまうんだ。何だって起こりうるんだよ、ヴィック。…明日死ぬ運命かもしれない。…そんな厳しい現実に耐えられない。……でもここだったら、少なくともどんな明日が来るか予想がつく。」 「ここにいたって、死ぬのは同じだ。一気には死なないが、徐々に生気を失う。最後には僕のように空っぽになる。」 「君は空っぽじゃない。」 「君に比べたらうつろな存在だ。なあ、若いの、先のことは僕にはわからないが、今の僕に言えるのは、人生のカードゲームから降りちゃだめだってこと。勝つ時もあれば、負ける時もある。でも、ゲームを続けろ。」 ノーグはうなずいた。ドアの前で一旦立ち止まり、ホロスイートを後にする。 ヴィックはノーグが残した杖を手に取る。「あいつ。」 クワークの店で話すロム。「元気そうだった。」 リータ:「それにもう普通に歩いてる。」 クワーク:「冗談だろ?」 「いいえ。ノーグは生まれ変わったの。会いに行ってあげて。」 「向こうからお出ましだ。」 2階から下りてきたノーグ。「……ただいま。」 ロム:「おかえり。」 リータ:「大丈夫?」 ノーグ:「いや。でも少しずつ。」 ノーグは手を広げ、3人と抱き合った。 ロム:「ああ…。」 ホロスイート。 制服を着たノーグが、中に入る。「コンピューター、プログラム・ベシア 62※24 を作動。」 ヴィックや店内のホログラムが投影される。 ヴィック:「やあ、若いの。きまってるなあ。」 ノーグ:「どうも。」 「仕事に戻ったのか?」 「少しずつ。日に 2時間ってとこかな。」 「どんな感じ。」 「前と違う。年を取った気がする。」 「ほう。人間なら仕方ない。」 「君には本当に感謝してる。」 「お互い様。僕も楽しんだ。人生の素晴らしさを体験できたし。」 「また体験させてあげるよ。実はね、君のプログラムをこれからは一日中動かしておくよう、クワークおじさんと設定したんだ。」 「ほんと!」 「お礼のつもり。」 「若いの…何と言っていいか。」 「楽しんでくれ、相棒。僕の席は年間予約しといてね。」 「いいよ。」 笑うノーグ。 ヴィック:「儲けた金が山ほどある。」 ノーグ:「ああ。もう行くよ。ジェイクとキーシャの予約もね。」 「おい! テーブルをひっくり返さないでくれえ。」 「気をつける。」 笑いながら出ていくノーグ。 喜ぶヴィック。「一日中だなんて、参ったなあ。」 ネクタイを締め直し、歌い始める。 Sittin' on a rainbow Got the string around my finger ステージで歌うヴィック。 What a life I'm in love I've got a song that I sing I can make the rain go Anytime I move my finger Lucky me Can't you see I'm in love? Life is a beautiful thing As long as I hold that string I'd be a silly so-and-so If I should ever let it go I've got the world on a string Sittin' on a rainbow Got the string around my finger What a world What a life I'm in love Life is a beautiful thing As long as I hold that string... |
※24: Bashir 62 ラスヴェガス・プログラムの正式なホロデッキプログラム名。初言及 |
感想
非レギュラーであるノーグとヴィックを完全に中心に据えるという、脚本を読んだ時にはスタッフも驚いたというストーリーです。サブレギュラーもレギュラー並みのキャラクター性をもっている、またまた「DS9 ならでは」の現象ですね。 曲名である原題でも示されている通り、現実・非現実の区別がつかなくなる現代の問題も匂わせています。面白いのが、ノーグに現実に戻るように言うのが非現実の存在であるヴィックであるということ。最後の終日動かすという設定は、後にヴォイジャーの「あの」フェア・ヘブンでも使われていましたね。 ヴィックを中心とする 60年代ならではの言い回しが、原語ではどのように言っているのか英語ガイドで調べてみるのも面白いと思います。吹き替えの苦労がわかるかも? 残念なのが無意味に長い邦題と、今回も当然のように歌の字幕がなかったこと。もう DVD を期待するしかないんでしょうかね…。 |
第159話 "Covenant" 「裏切られた誓約」 | 第161話 "Prodigal Daughter" 「崩れゆく家族の肖像」 |