イントロダクション
プロムナードを行き交う人々。 エズリは 2階から眺めていた。「不思議ね。ディープ・スペース・ナインに来たのは昨日が初めてなのに、すごく馴染んだ場所のように感じるの。不思議な感覚。…私が誰なのかわかるわけないわね。」 隣に立っていたモーンは、何も言わない。 エズリ:「…ごめんなさい。…話を聞いてくれてありがとう。」 歩いていくモーン。エズリもその場を離れた。 ベイジョー聖堂の前を通りかかったエズリは、入り口を見て立ち止まった。悲痛な表情を浮かべ、中へ向かう。 誰もいない聖堂に入るエズリ。ゆっくりと中央に置かれている発光体の箱へ近づいた。 床を見つめる。 キラがやってきたことに気づくエズリ。「ここで殺されたのね。」 キラはエズリを見た。 エズリ:「その…ジャッジアが。」 エズリに近づくキラ。「それは考えないようにしてるの。考えたら二度とここに入れないような気がして。」 エズリ:「…不思議な感覚なんです。死ぬって。死というものは何度体験しても…慣れることはないわ。……私にジャッジアの記憶が残っていることで、中佐が戸惑う気持ちはよくわかります。何となく居心地悪いでしょ?」 キラはうなずく。「いろいろ慣れていかなきゃ。」 エズリ:「ご指導下さい。」 「…あ…」 「では、今日はこれで失礼します。」 部屋を出て行くエズリ。 クワークの店。 クワークはジョッキをエズリに渡した。 エズリ:「ブラッドワインね。」 クワーク:「年代ものだよ。あんたとウォーフの結婚式で出したやつ。」 エズリは臭いを嗅いだ。「強烈な臭い。」 クワーク:「ああ。君の好みだった。」 「私、前は右利きだったの。」 ブラッドワインを返すエズリ。「エズリになって随分変わっちゃったみたい。」 「わかるよう。そりゃ人生 7度もやってりゃあ、記憶がごっちゃになるさ。8回だっけ?」 「さあ、忘れちゃった。」 「一旦慣れちまえばずっと楽になる。部屋はもう決めたのかい?」 「…長居はしないつもり。デスティニー※1のアシスタントカウンセラーに戻るの。」 「セラピストか?!」 「私がセラピストだって聞いて、なぜみんな驚くの?」 「そりゃあんたが……若いからさ。…少しゆっくりしていけよ。しばらくいて記憶を暖めるのも悪くないぜ。」 「無理にここにいたくない。ジャッジアを失った悲しみが癒えてないのに。」 「うーん。」 「ねえ聞いて、クワーク。ベンジャミン以外でジャッジアと変わらない態度で接してくれるのは、あなただけよ。」 「彼女とは親しかった。あんたとも仲良くなれるはずさ。なあ、2人でトンゴにふけった夜のことを覚えてるかい?」 「忘れるもんですか。」 「うーん。」 「そういえば…最後のゲームでラチナム 10枚貸してた!」 「何言い出すんだよう!」 「いいえ、あの時私が勝ったのよ、思い出したわ!」 「記憶がごっちゃになってるんだ。」 「それは言わないで。もう十分混乱してるんだから。」 クワークは誰かに気づいた。「やっと来たか。」 ウォーフが店の入り口に立っていた。こちらを見る。 エズリは微笑んだ。 クワーク:「あんたらには積もる話もあるだろう。」 だがウォーフは、そのまま店を出て行ってしまった。 |
※1: 「デスティニー号」と吹き替え |
本編
パッドを見ているシスコ。ドアチャイムが鳴る。 シスコ:「入れ。」 だが司令室の方には誰もいない。 またチャイム。何度も続く。 シスコは奥のドアへ近づき、開けた。 エズリが立っている。 微笑むシスコ。「ダックス。」 エズリ:「ほかに誰もいない?」 中を見るシスコ。「何コソコソしてるんだ。」 エズリ:「ウォーフがいたら遠慮しようと思ったのよ。昨日クワークのバーで出くわしちゃって。」 「…ちゃんと話はしたのか?」 首を振るエズリ。 シスコ:「すぐに受け入れてもらえると思っていなかったんだろ?」 エズリ:「そりゃそうだけど、挨拶さえしてくれなかったのよ。」 「ウォーフはトリルの掟を尊重したのかもしれん。新たに合体したら、前ホストの結婚相手とは関係をもつべきではないってことだ。」 「けど口もきいちゃいけないわけじゃない。彼も承知してる。」 「ほんとに?」 「トリルの伝統は全て話したわ、ジャッジアがね。いろいろ話し合ったの覚えてる。」 「なるほど。」 「ああ…もう頭がおかしくなりそう。」 エズリはドアを通して、司令官室に立っているウォーフを見た。「ほら見て、ベンジャミン。彼は苦しんでる。」 「なぜわかるんだ。」 「妻だったのよ、私にはわかる。妻を亡くした悲しみだけでも辛いのに、これ以上苦しめたくない。私がデスティニーに戻るのがベストなのよ。」 「…本当に戻るつもりなのか?」 「ここにはいられない。ウォーフのためにもね。…それに…私自身デスティニーにいる方が楽なの。ここには思い出がありすぎる。」 「…寂しくなるな、おやじさん。」 「私も辛いわ、ベンジャミン。」 オブライエンに話すベシア。「マイルズ、そんなになりたいならクロケット※2役は譲ろう。僕はトラヴィスだ。」 オドー:「それじゃ私は誰の役になるんだ。」 「サンタ・アナ将軍。」 「サンタ・アナ?」 「衣装はいつ頃揃うかなあ。」 ガラック※3はクワークの店にあふれかえる客が気になるようだ。 ベシア:「ガラック?」 ガラック:「うん?」 「ホロスイート・コスチュームさ。いつできる。」 「ああ、申し訳ないが衣装は別の店で調達を。店は閉めてます。」 オブライエン:「まだ?」 「えー、近頃情報部の仕事が忙しくなってきましてねえ。」 ベシア:「クロケット役と引き替えでも。」 オブライエン:「おい。」 ガラック:「たとえ興味があっても、私には時間がありません。カーデシアの極秘情報を解読するのに、どれだけ時間がかかると思ってるんです。オブシディアン・オーダーにいた頃、私は基本暗号プロトコルをいくつか発案しましたが、単純な暗号文一行読み解くのに何日もかかるんですよう?」 ベシア:「たまには休みも必要だ。」 「ええ、ぜひ休ませてもらいますよ。カーデシアからドミニオンが消えてくれたらね。皆さん、ちょっと下がって頂けませんか!」 周りの客に怒鳴るガラック。 「…大丈夫か?」 「私は必要以上に他人に接近されるのが苦手なんです。もう仕事に戻らないと。では皆さん、失礼しますよ。」 ガラックはバーを出ていった。 ガラックの仕立屋。 コンピューターを操作しているガラック。 心臓の鼓動が聞こえてきた。 ガラックは落ち着きがなく、汗をかいている。鼓動音は大きくなっている。 外にオドーの姿が見えるが、声は聞こえない。 オドーはガラックの異常に気づいた。何か声をかける。 必死にしゃべろうとするガラック。「苦しい。息が…」 倒れそうになる。 店へ入るオドー。「ガラック!」 ガラックに近づく。「オドーより医療室。緊急の患者が出ました。大丈夫か?」 |
※2: デイヴィー・クロケット Davy Crockett (1786〜1836年) 有名な開拓者・政治家。3人が話しているホロスイート・プログラムは「アラモ砦の戦い (Battle of the Alamo)」のこと。DS9第141話 "Wrongs Darker than Death or Night" 「憎悪を超えて」より。参照 ※3: エリム・ガラック Elim Garak (アンドリュー・J・ロビンソン Andrew J. Robinson) DS9第150話 "Tears of the Prophets" 「決意の代償」以来の登場。声:大川透 |
バイオベッドのガラックを診察するベシア。 オドー:「自分の店で閉所恐怖症になったんです。」 シスコ:「店で? どうもわからんな。十分なスペースがあるだろ。」 ガラック:「わかってます。私は昔から閉所恐怖症なんですが、最近病状が悪化しまして。今までは十分我慢できる広さだったんですが、最近は時々…恐怖を感じるほど窮屈で。」 ベシア:「医学的説明は困難ですね。異常はありません。」 「気分が悪くなってきた。申し訳ありませんが、プロムナードの方で話を続けてもよろしいでしょうか。」 シスコたちと共に医療室を出るガラック。大きくため息をつく。 オドー:「どうだね?」 ガラック:「大丈夫です。」 シスコ:「ミスター・ガラック、君の状況はよくわかったが、私に話というのは何だね。」 「情報部に対し、申し訳なく思っているとお伝え頂きたい。今思えば、最初から私の体調は万全ではなかったんです。当分、通信の暗号解析は無理かと存じます。」 「復帰は、いつ頃になると伝えれば…いいかね。」 「何とも言えません。私としても非常に残念に思っているんです。早期の戦争終結は、私の願いでもありますから。…では失礼して、ズボンの裾の始末に取りかからせて頂きます。これが不思議でして、縫い物をすると気分が落ち着きます。」 離れるガラック。 オドー:「縫い物?」 シスコ:「今ミスター・ガラックを失うわけにはいかない。医者としてできることはないのか。」 ベシア:「これ以上は、ガラックの頭を詳しく調べませんと。」 エズリは床に頭をつけ、逆さまになっている。「私が? ガラックに話を聞けって?」 シスコ:「だって、カウンセラーだろ?」 「アシスタントカウンセラーよ。まだ修行中の身。」 エズリは逆立ちしていた。 床に横になって話しているシスコ。「おい、待てよ、ダックスー。君は過去 300年で十分学んだはずだ。今更アシスタントでも。」 エズリ:「訳もなく泣かないようにする方法とか、逆立ちしたい衝動を抑える方法とか、いろいろあるの。」 「ところで、なぜ逆立ちしてるんだ。」 「エモニーの得意技よ。」 「体操選手の?」 「リラックスできるって。」 「どうだ。」 「はっきり言って、頭が痛くなっただけね。」 逆立ちをやめるエズリ。「ああ、ガラックはジュリアンに任せたら?」 「医者としては優秀だがカウンセラーじゃない。アシスタントでもないんだ。それにジュリアンは、君のように 8回の人生体験もないしな。」 「でも彼なら意味なく逆立ちしたりしない。」 「そりゃ言えてる。な、頼むよ、おやじさん。君ならできるさ。」 「…わかったわ、やってみる。あなたみたいに自分に自信がもてたらいいのに。」 クワークは店に来ているベシアに言った。「で、どう思う?」 ベシア:「何がだ。」 「彼女。」 「…彼女って。」 「ダックス。」 「…ああ、エズリね。…彼女、感じいいね。」 「つまり?」 「つまり、感じいい…」 「おい! 隠すなよ。ジャッジアに惚れてたのはバレてるぜ。」 「あの娘はジャッジアじゃない。」 「ジャッジアに一番近いぞ。…で? 興味あんの?」 「彼女に惹かれてるのは君だろ、クワーク。」 「恋に二度目のチャンスは巡ってこないぞ。」 「彼女は別人だよ。」 「でもダックスには変わりないだろう。」 「…そうも言えるが…」 「俺にはそれで十分。勝負しようぜ、ドクター。」 「…イカレてる。」 「怖いんだろう。俺に負けるのが。」 縫合機※4を使って仕事をするガラック。 エズリ:「お邪魔かしら。」 店の入り口に立っていた。 ガラック:「ああ、エズリ・ダックス少尉ですね。」 迎え入れる。「適切なアドバイスをしてもらうようにと、大佐から言われていますよ。」 「…承知されました?」 「まあ、どう受け止めるかですねえ。…私は一介の民間人ですから。」 「よくわかります。…それっていいの?」 何のことかわからないガラック。 エズリ:「その、お裁縫。気分が落ち着きます?」 ガラック:「おかげさまで。ええ。」 「うらやましいわ。私には何もない。」 「あなたも閉所恐怖症ですか?」 「…なぜそうだと?」 「今うらやましいって。」 「いえ、私は宇宙酔いなの。ステーションに来てから、動きにひどく敏感になったわ。ステーションの回転運動を感じるほど。」 「まさか。」 「トライアスの事故が原因なんです。彼はシャトルの事故で亡くなった。」 「でも、なぜそれが宇宙酔いの原因だと?」 「自己の責任を感じているからです。」 「あなたが操縦を?」 「ええ。いえ! それは見方によります。トライアスが 5番目のホストだったと言いませんでした?」 「いいえ。」 「実は、そうでした。私がいつまでもトライアスの死にこだわっているのは…その死に関して自らを許せないからだと思います。」 「でも事故だったわけでしょ? 彼のせいじゃないのなら、あなたも責任を感じることはない。」 「わかってます。でもなぜか自分に罰を科してしまうんです。」 「宇宙酔いに…なることで?」 うなずくエズリ。「その通り。」 ガラック:「こう言ってはなんですが…カウンセラーが必要なのは、あなたの方だという気がしますねえ。」 「そうかもしれません。」 「ふーん。」 「でも、今日は私のことはいいの。あなたの話を聞きに来たんです。」 「忘れてましたよ。」 「…子供の頃、何か…トラウマになるような体験はしませんでした? しょっちゅう狭い場所に監禁されていたとか。」 「私が悪戯すると、反省しろと父※5にお仕置きされました。」 「厳しい方だったのね。」 「…厳しいからこそ、父はオブシディアン・オーダーの長になれたんです。」 「折檻されたことは?」 「悪さをした時にはねえ。父親とはそういうもの。」 「彼は違う。」 「誰?」 「2番目のホストだった人。トービン※6は子供たちがどんな悪戯をしても、手を挙げなかった。…でもこれは別の話ね。お父様にどういう風にお仕置きされたの?」 「クローゼットに入れられました。」 「さっき狭い場所に監禁されたことがあるか聞いた時、なぜ黙ってたの?」 「監禁された訳じゃない。反省すれば出してもらえると、わかってました。」 「反省する? そうされて当然と思っていたの?」 「手に負えない、子供だったんでしょうねえ。」 「自分を責めてる。私が事故を自分のせいにしてるように。…私が宇宙酔いになったのと同じ理由で、あなたは閉所恐怖症になったのかもしれない。私たちは自分が悪くもないことで自分を責めてる。そうよ。わからない? 私たちはまずこの誤った罪悪感を追っ払うべきなんだわ。」 「それができれば、病気は治るということですか?」 「一晩じゃ無理でしょうけど、治療の第一歩にはなる。」 「では、もう少しよく考えてみることにしますよ。」 「…そうね。」 大きく息を吐くガラック。 エズリ:「大丈夫?」 ガラック:「実を言うと、またちょっと息苦しくなってきました。」 「…病気のことを話していたからかもしれないわ。私の方もちょっと宇宙酔いを感じてきたもの。」 「よろしければ、失礼して仕事に…戻らせていただきます。」 「それがいいわ。」 「今日は、ありがとうございました。」 「どういたしまして。」 ふらつきながら店を出るエズリを、ガラックは見ていた。 廊下。 まだ宇宙酔いに悩むエズリは、曲がり角でウォーフに出くわした。驚くエズリ。 エズリを見下ろすウォーフは、何も言わない。 エズリ:「……ハーイ、ウォーフ。」 ウォーフ:「少尉。」 歩いていこうとするウォーフに言うエズリ。「『少尉』? その呼び方は何なの?」 ウォーフ:「どう呼べというんだ。」 「私は妻だったのよ。」 「君はジャッジアじゃない。ジャッジアはスト・ヴォ・コーに行った。君なぞ知らない。知りたいとも思わない。」 ウォーフは歩いていった。 ため息をつくエズリ。 |
※4: seamer ※5: エナブラン・テイン (Enabran Tain) のこと。DS9第42話 "The Wire" 「義務と友情」などに登場 ※6: トビン・ダックス Tobin Dax 2番目のホスト。内気な面があった男性。DS9第24話 "Invasive Procedures" 「突然の侵入者」など |
エズリは自室で窓の外を見ている。ドアチャイムが鳴った。 エズリ:「…どうぞ。」 シスコが入る。「…ダックス。」 エズリ:「チーフに慣性ダンパーを調整してもらえば、ステーションの回転を多少遅くできるかしら。」 「さあ、どうかな。」 「…もういいの。」 シスコの方を向くエズリ。「何かいいことあったの?」 「『言っただろう』と言うつもりはないが、今朝ガラックが暗号解読用の最新のカーデシア通信を、オドーのところに取りに来たそうだ。」 「ほんと?」 「ガラックの閉所恐怖症は治まったようだなあ。」 「そう。話をしたのが効いたのね。」 「言っただろう?」 「それは言わないつもりじゃなかった?」 「我慢できなくて。……大丈夫か? ダックス。」 「…ウォーフと話したわ。私と関わりたくないって。」 「…私がウォーフと話をしてみよう。」 「いやよ、やめて! 彼が怯えちゃう。」 「まさか。」 「彼には言わないでよ。」 笑い出すシスコ。「私がウォーフを怯えさせる?」 エズリ:「気に入ったみたいね。」 笑顔を消すシスコ。「…とんでもない。」 エズリ:「とぼけないで。私は男だったこともある。わかるわ。」 「いいか、私とウォーフのことはどうでもいい。君とウォーフの話をしてるんだ。彼の苦しみには同情するが…私に言わせれば、君だって彼と同じようにここにいる権利がある。」 「何が言いたいの、ベンジャミン?」 「戦争で…人々の心に不安が広がり悪い影響が出ている。ここには、優秀なカウンセラーが必要だ。君以外に適任者は考えられない。」 「ありがたいお話だけど、でも…ウォーフの問題を抜きにしても、私はアシスタントカウンセラーの身よ。」 「勝手に宇宙艦隊医療部と話をつけた。喜んで残りの訓練を免除し、君に中尉として正式にカウンセラーの地位を与えると。」 「…一体どうやって話をつけたの?」 「今更君が学ぶことはないと言っただけだ。」 「大抵のことは 300年で学んでしまったってわけ?」 「君にも真意をわかって欲しいねえ。」 「…引き留めてくれるのは嬉しいけど…無理だわ。」 「ウォーフのせいか。」 「まあ、大きいわね。」 「……ああ、本音が出たな。やっぱりウォーフを怯えさせるか。」 2人は笑った。 プロムナード。 レプリマットで注文するエズリ。「イダニアン・スパイスプリン※7。いえ、やっぱりやめる。…えーっとそうねえ、キルム・ステーキ※8、レアで。いえ、トービンはベジタリアンだったっけ。…それじゃあ…」 ベシア:「ファナリアン・トデー※9を 2つ。」 エズリに近づく。「ホットで。」 「なぜわかったの?」 「まぐれ当たりさ。一緒にいい?」 「ええ。」 ベシアはカップをテーブルに置き、2人は席についた。 ベシア:「嬉しいよ。やっと会えた。」 微笑む。 同じく笑うエズリ。 ベシアはエズリを見つめた。 エズリ:「それどういう意味?」 ベシア:「何がだい?」 「何見てるの?」 「こんなこと聞きたくないだろうけど、君は…ジャッジアの瞳をもってる。」 エズリはうつむいた。 ベシア:「ごめんよ、エズリ。やっぱり言うべきじゃなかったな。」 エズリ:「ふざけないでよ、ジュリアン。お願い。」 「ふざけてない。」 「いつもジャッジアをからかってたの知ってる。」 「ああ、深い意味はなかった。」 「よかった。私は彼女とは違う。ジャッジアは大人で、楽しむ余裕さえあった。」 「ほんと?」 「知らなかったの?」 「そりゃあ、何となく気づいてたけど。」 「あなたってとても素敵よ。…いいこと教えてあげる。ウォーフが現れなければ、あなたと結婚してたかも。」 ベシアは表情をこわばらせた。 ベシアの手を握るエズリ。「彼女がいなくて寂しいのね。」 ベシア:「…ああ…それは…ずっと変わらない。でも君と話をしてると、気が紛れる。」 手をつないだ 2人の様子を、2階からウォーフが見ていた。立ち去る。 通信が入った。『タルペット※10保安部員より、ドクター・ベシア。』 ベシア:「どうした。」 『第7エアロックで緊急事態発生。ガラックです。』 「今行く。」 廊下に立っている保安部員。「あちらです。」 エズリと共に来たベシアは、別の保安部員がエアロックのドアを開けようとしているところへ近づいた。 中にはガラックがいる。奥にある 2枚目のドアの向こうには船などはなく、宇宙空間が広がっている。 ドア越しに呼びかけるベシア。「ガラック! 一体何してるんだ。」 ガラックは外のドアを開けようとしていた。 エズリ:「ガラック、ドアを開けて!」 ガラック:「出してくれ…頼むから外へ…」 ドアを叩き続ける。 |
※7: I'danian spice pudding 高カロリーのデザート。DS9第5話 "Babel" 「恐怖のウイルス」など ※8: kilm steak ※9: Fanalian toddy アルコール飲料。DS9第68話 "Explorers" 「夢の古代船」より ※10: Talpet 吹き替えでは「保安部より」 |
夕焼けの空。青い海に太陽の光が反射している。 海を臨む岩場で、ガラックの隣にエズリが座っていた。「息を吸って。ゆっくり吐いて。」 足を組み、目を閉じている。「吸って。吐いて。……落ち着いた?」 無言のガラック。 エズリ:「うーん。何て美しいの。ほら、どこまでも…果てしなく空が広がってる。」 ガラック:「虚構だ。全て幻想です。10メートル先にはホロスイート※11の壁が立っている。」 「目には見えないわ。」 「感じるんです。」 「プログラムを変えましょうか。」 「あんな騒ぎを起こしてしまうなんて、自分が恥ずかしい。私は、外に出たかった。息苦しくて。」 「ステーションの外に出られたとしても、新鮮な空気は吸えなかったわ。」 「何とか病気をコントロールしたいんです。でないとステーションから追い出されて、行き場がなくなってしまいます。今更カーデシアには戻れない。ベイジョーでも歓迎されません。絶対にね。」 「ステーションを出て行く必要はないわ。…このホロスイートをいつでも自由に利用できるよう、クワークに話をつけておくから。エアロックの外に飛び出したいという衝動に駆られたら、ここに来ればいい。…心配しないで。必ずコントロールできるようになる。約束します。」 「…申し訳ありませんが、しばらく独りにして頂けませんか。」 うなずくエズリ。「また様子を見に来るわね。」 ガラックの腕に触れ、ホロスイートを出ていった。 海を見つめるガラック。 クワークは絶叫した。 バイオベッドで横になっているクワークの耳に、棒を差し込むベシア。「動くなよ。何か出てきたぞ。」 棒について、大きなカスが出てきた。 棒を取るクワーク。「やっぱなあ。素人には鼓膜コチョコチョは無理だよ。」 ベシア:「鼓膜コチョコチョ?」 「ああ。」 「何も言うな。知りたくない。抗生物質を取ってくるからちょっと待ってろ。」 ため息をつくクワーク。 棚から薬を探すベシア。突然肩をつかまれた。 ウォーフだ。「話がある。」 ベシア:「何の話だ。」 ウォーフはベシアの首元をつかみ、持ち上げた。「人の心をもてあそぶなよ。お前のジャッジアへの気持ちは知ってる。」 ベシア:「今更いつの話をしてるんだ。」 「彼女と一緒だったな。」 「ジャッジアと?」 「とぼけるな。誰のことかわかってるだろ。」 「何か勘違いしてる。」 「彼女に近づくな!」 「ちょっと待ってくれよ!」 ベシアはウォーフの腕から逃れようとするが、無駄だ。「ウォーフ、僕が誰と友達になろうと、君の知ったことじゃない。」 「ジャッジアの思い出を汚したら…後悔することになるぞ。」 ベシアから離れるウォーフは、まだベッドに座っているクワークに言う。「お前にも釘を刺しておく、フェレンギ。」 クワーク:「俺は無関係だ。」 プロムナード。 階段を降りてきたエズリは、物音に気づいた。「ガラック?」 店の中で落ち着かないガラック。布を引き裂く。 近づくエズリ。「ホロスイートにいるものとばかり思ってた。」 ガラック:「外の世界にいる振りして、偽物の景色を眺めるのはもう飽き飽きだ。ええ、そうです。仕事をするのが一番だ。父によく言われました。人は仕事に身を捧げるべきだってねえ。『仕事をするんだ、エリム。仕事をしろと言っただろ?』」 「さぼったらお父様に何をされたの?」 「もう結構。やめて下さいよ。下らない心理学のご託は勘弁して欲しい。虐待親父のせいで自分を哀れみ震えている神経症患者とは違うんです。…所詮、私をわかろうなんて無理なんだ。」 「…理解したいの。」 「それは勝手だが、君は私の個人的な過去をただほじくり返したいだけなんだ。だが私は子供時代の分析など興味ない。私はドミニオンから同胞を救いたいだけです。そばに来て、励ましてくれる人間などいらない。仕事に復帰できるよう、助けてくれる人が欲しい。その役目に、君は全然向いていない。…だってそうでしょう。君だって問題だ。前のホストから受け継いだものを受け止めることもできない。途方にくれた子供。『ダックス』の名に、まるで値しない。私はジャッジアをよく知っているが、彼女は芯が強く、しっかり者だった。君ときたら、自分が何者かも知らないんだ。そんな君に私が救えるものか。自分も救えないというのに。」 何も言えないエズリ。 ガラック:「もう出ていってくれ。これ以上けなされたくなければね。」 そのままエズリは店を出て行く。 仕事を続けるガラック。 エズリは涙をこらえ、聖堂に駆け込む。 独りになったエズリは座り込み、声をあげて泣き始めた。 |
※11: ホロスイート・プログラム「海の眺め (Ocean view)」 |
パッドを手に持つシスコ。「何のつもりだ。」 エズリ:「見た通りです。宇宙艦隊を辞めます。」 「なぜ。」 「任務を果たせないから。…ガラックの言う通り、自分を救えない人間に他人は救えない。」 「大変なのはわかるよ、おやじさん。でも…」 「その呼び方はやめて! 私はおやじさんじゃない。クルゾンでも、ジャッジアでもない。」 「君はエズリだ。エズリ・ダックス。そして君は 8度の人生を経験している。最初は混乱するのも無理はない。だがすぐに素晴らしい財産だとわかるはずだ。」 「私には重すぎるわ。」 パッドを無造作に置くシスコ。「本気でそう思ってるんなら、トリルに戻れ。合体審査理事会に頼んでみろ。共生生物を取り除いてもらえるかもしれんぞ。」 エズリ:「できればそうしたい。でも共生生物を取り除けば、死に至る。」 「そうだなあ。宇宙艦隊を去るつもりなら何か仕事を探さなきゃ。どうだろう。共生生物の棲む池を管理する仕事なんか、悪くないんじゃないか? 静かな環境で働ける。誰にもわずらわされずに。君に過大な期待をかける者もいない。残りの人生を穴蔵で過ごせ。真っ暗な、地下の闇で、泥をかき混ぜながら、80 か 90 まで生きれば十分なんじゃないか? …ダックスは、8度も充実した人生を送ったわけだから、一度ぐらい無為に過ごしてもいいだろう。」 「やめて、ベンジャミン。あなたならわかってくれると思ったのに。」 「よくわかってるさ。君のいう通り、君はダックスに値しない。はっきり言って、艦隊の制服を着るに値しない。これは司令部に渡しておこう。以上だ。」 エズリは奥のドアから出ていく。 ドアが閉まるとすぐに壁にもたりかかり、大きくため息をついた。 バトラフの刃を、小型機械を使って磨いているウォーフ。ドアチャイムが鳴った。「入れ。」 オブライエンが入る。手にはブラッドワインのボトル。 ウォーフ:「また君か。」 オブライエン:「ドクター・ベシアから預かった。」 「…彼の使いか。」 「いや、自分の意思で来た。君が今日は飲むのはやめて、すぐにでも話をしたいってならいいよ。」 「何の話をするんだ。」 「エズリとの間には何もないとジュリアンは言ってる。だから君が嫉妬することはないと…」 ウォーフはバトラフを振り払った。置物が飛ばされる。「嫉妬とは何の関係もない! ドクターがジャッジアに好意を抱いていたことは知ってるが、あの娘は彼女じゃない。エズリをジャッジアとして扱えば、思い出が汚れる。」 オブライエン:「いや、エズリを別人のように扱う方が、思い出を汚すことになる。」 「…そんな理屈はおかしい。彼女はジャッジアじゃない。…いや、ジャッジアか。愛した女がいつまでもウロウロしてて、どうやって彼女の思い出を尊重しろと。」 「僕にはわからない。でもこれだけは言っておく。ジャッジアはエズリを…どう扱って欲しいと思う。」 「今更知りようがない!」 「そうかな。それを君に言える人物を、君は無視し続けているんだぞ。」 エズリはプロムナードを歩いている。 ガラックの店に入った。 また仕事をしていたガラック。「おや。また私の前に現れるとは思っていませんでしたよ。」 エズリ:「一言謝りたかったの。お力になれなかったことを。」 「私もですよ。」 「…もうあなたをわずらわせることはありません。朝には出発します。」 「ええ、明日デスティニーが到着することは、私も聞いています。」 「船は物資補給のために寄るんですが、私は同行しません。トリルに戻ることにしたの。」 「…それはよかった。」 「デスティニー※1は、カランドラ※12で第七艦隊※13に合流する予定です。」 「…カランドラ?」 「あなたが先週解読した通信文が艦隊を動かしたのね。今が攻撃に最適だって。」 「ええ…確かに無防備が要素が見られたのです。文章を解読したら。」 「攻撃が成功すれば、艦隊はあなたに感謝するわ。」 「そうなれば嬉しい。」 「早くお知らせしたくて。」 出ていこうとするエズリ。だがガラックは明らかに落ち着きを失っている。 エズリ:「大丈夫ですか?」 ガラック:「ええ、何でもありませんよ。良い知らせをありがとうございました。」 「……成功を祈りましょう。でもカーデシア人は激しい抵抗を続けるでしょうね。」 「ええ、それはもう。でも最後には、必ず負ける。」 「なぜ断言できるんです?」 「だって連中は攻撃を予期していませんし、まさか私に暗号を解読されたとは思ってないからです。カーデシア人たち皆、私のせいで死ぬことになるんです!」 「そういう見方もできるしょうね。」 「ほかにどんな見方が!」 「終戦を早めることで命を救っているとも言える。」 「一体私が誰の命を救っているんです? 地球人※14か? クリンゴン、ロミュラン?」 「カーデシア人もです。」 「いいえ! ありえませんねえ。ドミニオンがついているんです。彼らはあくまで戦うでしょう。そういうことです、わかりませんか? 私だって同胞を救い、解放していると信じたかったんですよ。それなのに私は…同胞に崩壊への道を開いただけなんです。」 エズリにすがりつく。「私は裏切り者…私は…仲間を…裏切った…!」 ガラックは倒れてけいれんした。 エズリはコミュニケーターに触れた。「ダックスより医療室、至急医療班を。」 医療室。 バイオベッドに寝ているガラックに話しかけるエズリ。「気分はどう?」 ガラック:「ええ、もう。だいぶ、落ち着きました。」 「何が閉所恐怖症の引き金になっていたのか、やっとわかったわね。」 「…最初に宇宙艦隊に協力すると同意した時、正しいことなんだと自分を納得させました。そして自分に疑いを挟む余地を、全く許さなかった。それがどれほど自分を追いつめていたのか、気づきませんでしたよ。私は逃げ場を探していたんですね。そして閉所恐怖症になることで、同胞との闘いを…避けていた。」 「そこまでわかって、これからどうするの?」 「仕事に戻ります、それが私の義務です。ドミニオンを阻止しなければ。それがカーデシアの崩壊を招くことになってもね。」 「それを聞いたらシスコ大佐が喜ぶわ。」 「それもこれも全て、あなたのおかげですよ。感謝しています。」 エズリは微笑む。 ガラック:「あなたはどうするんです? ほんとにトリルに戻るおつもりなんですか?」 エズリ:「……いいえ。艦隊に残ることにします。」 「それを聞いたら、大佐がさぞ喜ぶでしょうね。」 笑うエズリ。だが表情を変える。「大変だわ! ああ…」 パッドを見るシスコ。「これは?」 エズリ:「宇宙艦隊への復職願いを持参しました。」 「悪いが、受け付けられんな。」 シスコはパッドを置く。 「…なぜです?」 「君の辞表を提出した覚えがない。」 「…この前の言葉は大佐の本心じゃないって感じてました。私を叱咤激励するためだったんですね。」 「私がよくやられた手だ。効いたようだな。ミスター・ガラックが最新のカーデシア通信を医療室に送ってくれと言ってきたよ。よくやった。」 「どうも。…宇宙艦隊に留まったことを喜んでくれますね。」 「君がずっと、ここにいてくれたらもっと嬉しい。」 「私もです。でも、無理です。」 「…レイマー艦長※15は実についてるよなあ。経験豊かなカウンセラーにきてもらえて。」 荷物をまとめるエズリ。チャイムが鳴った。「どうぞ。」 ウォーフが立っていた。「…入ってもいいかね。」 エズリ:「もちろん。」 「…朝には出発するとか。」 「ええ、そうよ。」 「……果たして自分がジャッジアの望むように君を扱ったのか、自信がない。」 「…そのことで文句を言う気はないわ。」 「……私は全身全霊、彼女を愛した。」 「…彼女も同じよ。」 目を閉じるウォーフ。「……心の片隅では喜んでいる。彼女が戻ってきたことをね。…だが永遠に消えた方が、楽だったとも感じている。」 エズリ:「わかってる。」 「……ステーションカウンセラーとして働くよう、大佐から申し出があったと聞いたが…私が原因で断って欲しくないんだよ。」 「ウォーフ、ここにはいられない。あなたを困らせたくないの。」 「本当はいたいんだろ?」 「……ええ、それは。」 「ではそうしろ。私のせいでステーションから君が追い出されたら、ジャッジアが悲しむ。」 「…ありがとう。」 ウォーフは出ていく前に言った。「時が経てば、君がいるという現実を受け入れられるようになるだろう。それまでは……」 エズリ:「…あなたには時間が必要よ。よくわかってる。」 見つめ合う 2人。ウォーフは出ていった。 ため息をつくエズリ。 上級士官室。 エズリに、もう一つの階級章をつけるシスコ。「おめでとう、中尉。」 列席者から拍手が起こる。「周囲を見回してくれ。これから君はこの部屋全員の、心の健康に責任をもつことになるんだ。」 笑う一同。「しっかり頼むぞ。」 ベシアが近づく。「君が中尉でよかった。少尉から忠告を受けるってのは、ちょっとね。」 オブライエン:「忠告なんか聞かないくせに。」 キラと共にいるオドー。「今夜食事でもいかがです。」 エズリ:「ご迷惑では?」 キラ:「いえ、ぜひどうぞ。二人だけだと見つめられてばかりで、こっちがくたびれちゃうの。」 オドー:「おお…」 エズリ:「伺います。」 部屋の中を探すエズリ。 エズリを見るジェイク。「かわいいな、彼女。」 シスコ:「エズリはお前より 300歳も年上だぞ。」 クワークがエズリに皿を持ってきた。「あのー、適当に料理を選んじゃったけど、よかったかなあ。」 エズリ:「ありがとう、クワーク。ウォーフは来てないのかしら?」 「…知らないね。」 皿を取り上げるクワーク。 会話していたガラック。「失礼。」 エズリに話しかける。「なかなか…楽しいパーティですね。おめでとう。」 エズリ:「人が多いけど平気?」 「ええ、もう大丈夫。」 歩いていくガラック。 エズリはため息をついた。 その時、奥にブラッドワインを持ったウォーフがいることに気づいた。 ウォーフはエズリを見て、ジョッキを掲げた。 微笑むエズリ。 |
※12: カランドラ・セクター Kalandra Sector ベタゾイドとアーゴリス星団近くの連邦領にある宇宙領域。DS9第145話 "The Reckoning" 「善と悪の叫び」より ※13: Seventh Fleet 連邦宇宙艦隊の機動部隊。DS9第125話 "A Time to Stand" 「明日なき撤退」など ※14: 「人間」と吹き替え ※15: Captain Raymer |
感想
ある意味パターン化しているとも言える、激しいエピソードの後の静かな内容でした。エズリの本格的な導入ということですね。最近あまり活躍していなかったガラックを、エズリと結びつけるとは思いませんでした。 会話中心でもちろん以前の話を引き継いでおり、「じっくり観るべき」タイプのものですね。エズリを射止めるのは一体誰なのやら? |
第152話 "Shadows and Symbols" 「預言者の呪縛」 | 第154話 "Take Me Out to the Holosuite" 「がんばれ、ナイナーズ!」 |