チップを持ってきたサトウ。「みんなうらやましがってる。ドクターは誰よりも多く手紙を受け取ってるんだもの。」
笑うフロックス。
サトウ:「それ彼女?」
フロックス:「いやあ…これは、ドクター・ルーカス。種族間医療交換計画※2の仲間さ。」
「デノビラで働く人間がいるの?」
「彼が初めてだ。サンフランシスコで親身に世話してくれた、そのお返しがしたくてねえ。」
「私も文通してた、12の時。オーストラリアのブリスベンの友達。…返事が待ち遠しかったわあ? 不思議な響きの名前の町から届く手紙は、世界を覗く小さな窓だった。」
「探検家の好奇心ってやつだなあ? フフーン。」
「今日も予定通り?」
「ああ、もちろん。楽しみにしてるよ? 君がよければ、今日は動名詞に取りかかろう。」
「待ちきれないわあ?」 医療室を出て行くサトウ。
フロックスはルーカスのメッセージを再生する。『ディアー・ドクター・フロックス。私です、ジェレミー※3です。その後、お元気ですか? めまぐるしい 1週間でした。ひっきりなしの急患に、真夜中のお産が 3度。結婚シーズンの忙しさは御存じでしょう? …人間の生殖は複雑だと思っていましたが、デノビラ人に比べたら、我々は単細胞生物です。』
ターボリフトを降りるフロックス。
『ディアー・ドクター・ルーカス。お忙しいようでお気の毒です。結婚シーズンの大変さは、私もよく承知しています。一服のナイアキシリン※4が、交戦中の二人を引きはがすのに効果的だと、覚えておかれるといいでしょう。新しい生活にはすっかり慣れたようですね? 川沿いに立ち並ぶ賑やかなケイビン・バー※5には行かれましたか?』
機関室に入ると、タッカーが呼びかけた。「上だ、ドクター。」
『一晩中やっているはずです。でも、独りで入るのだけはやめた方がいい。初めての客はあれこれ詮索されます。』
怪我した機関部員のそばにいるタッカー。「窒素弁をリルートしていて、シールが吹っ飛んだ。」
フロックス:「フーン。」
「重傷か?」
「どれ。…フーン。そうひどくはない。火傷の程度は 1度。これなら、ダーマリンジェル※6を塗れば十分でしょう。」 ジェルを塗り始めるフロックス。
『ドクターの仕事は毎日同じ。急患が入る以外は、かすり傷の手当が主です。でも御安心下さい。エンタープライズのクルーたちも、ようやく異星人ドクターに慣れてきたようです。』
『…こんなに長い任務になるとは予想外でしたが、人類初のディープスペース探検で、人間を観察するのはなかなか面白い体験です。』
食堂にいるフロックス。「大尉! 空いてますよ?」
リード:「ああ、ドクター。すみません、また今度。すぐ兵器室に戻らないと。」
『クルーと友情をはぐくむのが難しく感じられることもあります。時々。でも私は医者ですから、いずれみんな私のところにやってきます。』
『…やがて互いに打ち解けられるのです。』
内臓の様子をモニターで見るフロックス。「胃腸が少し、弱ってるようですねえ。」
そう言われたアーチャーは、ポートスに近づいた。「やっぱりそうだったのかあ。」
フロックス:「ところで、まさかチーズをやっていないでしょうねえ? …甘やかしちゃダメですよ?」
「チーズはダメだ、わかったな? ドクターの命令だ。」
『知性の劣る種に対してこんなに親しい関係を築く種がいることが意外でした。人間がイヌに対してこれほど愛情を注ぐとは驚きです。』
アーチャー:「ああ…世話になったな、ドクター。」
フロックス:「いいえ、ポートスは模範的な患者でした。」
「うん。ああ…ありがとう、ドクター。…反省しろよ、ポートス?」 一緒に医療室を出て行くアーチャー。
『船長は自分のペットを人間として扱っています。しょっちゅう話しかけますが? 相手が船長の言葉を理解しているとは思えません。しかし今じゃ私も、自分のピリシアン・コウモリに話しかけています。』
フロックス:「フーン。」
大画面の映画、「誰が為に鐘は鳴る」※7。
ロバート※8:『一緒にアメリカへは行けないが、君がどこへ行こうと、僕の心はいつも君と一緒だ。いいね。さあ行くんだ、マリア※9。』
マリア:『嫌よ、私も一緒に残る。』
『行くんだ。』
『私…』
『僕には独りでやるべき仕事がある。君がいては足手まといだ。』
『でも…』
『君が行かないと僕も行けない。わかってくれるね。君が行ってくれれば…』
『嫌よ、嫌!』
フロックスがキョロキョロしているのに気づいたカトラー※10。「面白くなきゃ出てもいいのよ?」
フロックス:「いいや、最後まで観て結果を知りたい。」
後ろのクルーが注意する。「シーッ!」
カトラー:「きっと感動するわよ? お決まりのエンディングだけど。」
笑うフロックス。「映画じゃない。みんなの感情の高まりを見極めたいんだ。集団心理がどの程度まで広がるのか、興味がある…。」
カトラー:「デノビラに映画はないの?」
「2、300年前までは似たようなものがあったが、現実の人生の方が面白いと気づいて興味を失った。」
「…でもたまには、現実をお休みして映画に浸るのも楽しいでしょ?」
「ああ、そうかもしれない。」 カトラーから、ポップコーンの器をもらうフロックス。「ああ。」
マリア:『ああ、嫌。ロバート…』
ロバート:『二人の心は一つだ。わかったね? さあ、行くんだ…』
フロックスは、前に座っているタッカーが泣いていることに気づいた。
タッカー:「あっ! …目にゴミが入っちゃって。」
フロックス:「ああ。…うん。」
『素晴らしいでしょ、ドクター? 映画の登場人物に感情移入し、これほど感動できるとは。クルーは数え切れないほどの危険に冷静に対処してきたのに、単純な映画で涙を流せるんです。』
廊下を歩くフロックス。「側頭部血管は?」
カトラー:「側頭部血管…上顎骨。」
「それはどこにつながっている?」
「ああ…確か耳の…後ろ側?」
「よろしい。外側の頚静脈は?」
「ああ、えーと…確か、上大静脈。」
「どこにつながる?」
「簡単よ、全ての喜びと悲しみのもと。」
笑うフロックス。「生理学上心臓にはポンプ以上の働きはない。なぜ、君たち人間は心臓を、全ての感情の源だと考えるのか。」
カトラー:「ドクターは心肺機能には詳しいかもしれないけど、心についてはまだ勉強不足。もう行くわ…?」
「…おやすみ。」
「ああ、ドクター。あの、今夜はいろいろありがとう。とっても楽しかった。」
「僕もだ。」
「あの…また来週映画があるの。サンセット大通り※11。どう、面白いかも?」
「そうだな?」
「ああ…また明日。」 後ろを向いたフロックスの肩に触れるカトラー。「ああ、ごめんなさい。デノビラ人は触れられるのが苦手なのよね。」
「…構わんよ? 今、自国の文化習慣から抜け出そうとしている。」
「ああ、それなら…」 カトラーは、フロックスの頬にキスをした。「おやすみなさい。」 部屋に入る。
頬に触れるフロックス。
『結婚の話に戻りますが、カトラーは私にロマンティックな関係を求めてるようです。はっきりとは言えませんが。人間の女性のフェロモンは、デノビラ人のように強くないですからねえ。』
エンタープライズは、停止した宇宙船に近づく。
アーチャー:「近くに、有人星系はあるか?」
センサーで調べるトゥポル。「1光年以内に、ミンシャラ級の惑星があります。
サトウ:「船は応答しません、船長。」
リード:「ワープ船ではありませんねえ。無人かもしれない。何かの、探査機かな。」
アーチャー:「生体反応は。」
トゥポルはスコープを使った。「2人。…微弱です。」
アーチャー:「……第2出発ベイに運べ。ドクター・フロックスに、急患が 2人と伝えてくれ。」
ベッドの異星人にハイポスプレーが打たれる。
起きあがった宇宙飛行士※12に、アーチャーは話しかけた。「船は、漂流していました。何か我々にできることは?」 隣には翻訳機を持ったサトウがいる。
飛行士:「…トレナカデュラ・タ。…モラナ・ダナ?」
操作するサトウ。「もう少し聞かないと。」
アーチャー:「私はジョナサン・アーチャー。ここは、宇宙船エンタープライズ※13です。」
飛行士:「カンダーラ・ヴァ・ゴーンシュ。ユレタ・ヴァラ?」
うなずくサトウ。
アーチャー:「わかるかね?」
飛行士:「…あなたは。どこの人です。」
「地球。我々は地球人です。」
「では、これはワープ船?」
「ええ。」
「…1年前に 4隻※14の船に乗り、ヴァラキス※15を出ました。」
「なぜ。」
「我々の状況はもう御存じなんでしょう。」
フロックス:「病気だとはわかりましたが。」
「2年前 1,200万の同胞が死に、その後どれだけ亡くなったか。治療法が見つからないんです。しかし進んだ人々なら、ワープ技術をもつ種なら、高度な科学があればきっと治療法を見つけてくれるでしょう。」
トゥポル:「ワープ技術をもつ種に出会ったことは?」
「ムクレクサ人※16と、フェレンギ人※17が一度来たことがあります。ご存じで?」
アーチャーはトゥポルを見た。
トゥポル:「いいえ。」
飛行士:「あなたはドクターですか。」
フロックス:「ええ。」
「同胞が死にかけています。是非お力をお借りしたい。」
その場を離れるアーチャー。「どう思う。」
トゥポル:「…求めに応じるべきでしょう。ワープ技術をもった 2つの種に既に出会っていることを考えると……文化汚染は心配ありません。恐らく。」
アーチャーはフロックスに命じた。「…協力してやってくれ。」
飛行士:「感謝します。」
『ドクター、お返事が遅れることになったらどうかお許し下さい。私は、2人の異星人宇宙飛行士が関わる特殊任務を与えられました。彼らは、人間の思いやりから出た行為を通じて、私の医療室にやってきたのです。』
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※2: Interspecies Medical Exchange ENT第1話 "Broken Bow, Part I" 「夢への旅立ち(前編)」より
※3: ドクター・ジェレミー・ルーカス Dr. Jeremy Lucas 声はラー役の仲野裕さんが兼任
※4: niaxilin
※5: Kaybin bar
※6: dermoline gel
※7: "For Whom the Bell Tolls" 1943年。エンディングロールにも出展が記載されています
※8: ロバート・ジョーダン Robert Jordan 演じるのはゲイリー・クーパー (Gary Cooper)。声は Esaak 役の有本欽隆さんが兼任
※9: Maria 演じるのはイングリッド・バーグマン (Ingrid Bergman)。声:日野由利加
※10: エリザベス・カトラー Elizabeth Cutler (Kellie Waymire) ENT第4話 "Strange New World" 「風が呼んだエイリアン」以来の登場。声:落合るみ
※11: Sunset Boulevard 1950年
※12: 異星人宇宙飛行士 Alien Astronaut (クリストファー・ライデル Christopher Rydell) 声:水内清光
※13: 吹き替えでは「エンタープライズ号」
※14: 「3隻」と誤訳。原語では「他の 3隻の船とヴァラキスを…」となっています
※15: Valakis
※16: M'klexa
※17: Ferengi TNG第5話 "The Last Outpost" 「謎の宇宙生命体」で初登場。DS9 レギュラー、クワークの種族
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