トゥポルを調べるフロックス。「フーン、これはただの頭痛じゃない。血圧も上がってるし、異常に…シナプスの活動率も高い。だがウィルスのせいでも、バクテリアのせいでもない。あ…念のため、脳をスキャンしましょう。」
トゥポル:「その必要はありません。」
「すぐ済みますが?」
「…症状の原因に心当たりがあります。…夕べ就寝前の瞑想を怠ってしまった。その結果として、感情が呼び覚まされ、動揺したんです。…イナプロヴァリン※10注射をお願いします。25ミリグラムで、十分でしょう。」
「わかりました、『ドクター』? …習慣を変えるなんてあなたらしくないな。今来ている、お客さんと関係が? 向こうの船にも乗ったそうですし。」
「彼らの…一人と親しくなって。…言われたんです、瞑想しなければ…私の夢がもっと『面白く』なると。」
「それで?」
「嘘でした。心を乱しただけです。馬鹿なことをしてしまった。」
「…この注射で、治せないものはありません。彼らの哲学に惹かれるのも無理はない。一度悪夢を見たからといって、焦って答えを出さなくてもいいのでは?」
「危険が多すぎます。続けるのは賢い選択じゃない。」
「…そうかもしれん。しかし、万一実験を続ける気になったら、彼らは何年も続けていることをお忘れなく。あなたは彼らを知ってまだ 2日だ。気を楽に、ウン?」
「ありがとう、ドクター。」
星雲内を見つめていたアーチャーは、ドアチャイムに応える。「…入れ。」
コヴが入る。「船長。」
アーチャー:「かけたまえ。」
「推進システムの修理は順調です。全てタッカー少佐のおかげです。」
「そりゃあよかった。」
「…何か問題でも。」
「ここへ君を呼んだのは伝言を…伝えるためだ。…父上からの。」
「…話したんですか?」
「いや、ヴァルカンの大使から私に託された。非常に言いにくいことなんだが君の父上は、重い病気だ。できるだけ早く君と連絡を取りたがっている。もし…君がよければ、うちの通信士官に手配をさせるが?」
「お気持ちは嬉しいのですが、この件は自分で処理します。…ありがとうございました。」
「お節介を承知で聞くが、父上に連絡するつもりは?」
「最後に父と話した時、僕は我が一族 15代の名誉を汚す恥だと言われました。」
「…死ぬかもしれん。」
「…お手間でなければ、返事を送っていただけますか。…ずっと昔に別れを告げたと。」 作戦室を出るコヴ。
ヴァークラス。
カップを持ってくるトラリス。「おはよう。カモミールだ。」
トゥポル:「…ありがとう。」
「どうだった?」
「…側面センサーの照準がずれていて、ナトリウム層のスキャンに失敗しました。」
「…夕べのことだ。…瞑想したのか?」
「…いえ。」
「それで夢は。」
「話したくありません。」
「すぐに慣れる。今夜はもっと楽だろう。」
「…今夜は瞑想するつもりです。」 トラリスを避けるトゥポル。
「一度であきらめちゃいかん。」
「試したのは間違いでした。」
「全く楽しいことがなかったと言い切れるか?」
「ナトリウム 2千万立方メートル、および塩素酸塩エチル※11の痕跡を感知。」
「スキャンなんか後ですればいい。」 パッドを取り上げるトラリス。「どんな夢を見たんだ。君の感情は解放寸前にある。強烈だったろ?」
「……記憶の通りでした。私は道を歩いてた、サンフランシスコです。地球の。」
「なぜ宿舎※12を抜け出した?」
「人間が興じる娯楽に興味があって、自分の目で見てみたかった。」
「規則を破ってもか?」
「夜も更け、宿舎にいる者は皆眠っていた。数時間抜け出したとしても害は及ばない。」
「どこへ行った?」
「ただ歩いていたら…音楽が聞こえて…」
「音楽。」
「……変わった音楽でした。混沌として…。でも魅力的でした。」
「続けて。」
「…あるレストランに入り…生演奏が行われる中席につきました。」
「どう感じた?」
「……覚えてません…」
「思い出せ。」
「…何となく…」
「あ…」
「爽快な気持ちに。」
「…感情だ。君は感情をもった。」
「…一瞬です。…その後、音楽がやんだので戻りました。」
「また感じることができる。難しいことでも恐れることでもない。やり方を教えよう。」
機関室のタッカー。「俺が奴に言うんですか?」
アーチャー:「君はコヴと仲がいいそうじゃないか。私が言うより効果があるだろう。」
「…言ってはみますが、エンジン直すように簡単にはいかないと思いますよ? かなり恨んでたから。」
「最善を尽くせ。」
「了解。」
「…トラリスのことをどう思う。」
「ほとんど知りませんけど…無口で苦手です。陰気だし。」
「トゥポルが、最近よく彼といるようなんだ。」
「問題でも。」
「つい 2日前まで、彼らを早く船から降ろしたがってた。命令しなきゃ一緒に仕事さえしなかったのが、今じゃ…引き離す方が難しい。」
「一つ間違うと焼き餅に聞こえますよ? 俺がヴァルカン人に囲まれた職場で偶然地球の船に出くわしたら、やっぱりくっついて離れないでしょうね。同胞と過ごしたいだけですよ。」
「フン…」
「うん、当然だ。」
「…コヴのこと頼んだぞ。」
「了解。」
トゥポルの部屋。
私服のトゥポルはトラリスと向き合って座っている。「『精神融合※13』?」
トラリス:「古代の技法だ。何世紀も前に廃れた。だが自分の感情に触れるには、非常に役に立つ。」
「どうするんです?」
「まずはテレパシーのリンクを確立させて、互いの記憶や…思考を共有し、我々の精神を、一つにする。多少苦痛は伴うが、確実に感情に触れられる。心の準備は? …嫌なら、ほかにもっと…伝統的な瞑想誘導法もある。効果はずっと薄れるがね。」
「始めて下さい。」
トラリスは手を、トゥポルの顔へ置いた。「大丈夫。目を閉じて? 私の声に集中したまえ。我の精神は、汝の精神へ。我の思考は、汝の思考へ。互いの精神は、解け合い一つとなる。」
目を開けるトゥポル。「効果はない。」
トラリス:「…抵抗するな、気を楽に。」 再び指を置く。「我の精神は汝の精神へ。我の思考は汝の思考へ。互いの精神は…ああ…解け合い一つとなる。」
トゥポルは目を見開いた。「あっ!」
トラリスの声だけが聞こえる。『一緒にいるか。』
トラリスもテレパシーで応える。『います。』
『私の思考を感じるか。』
『感じます。』
声を出すトラリス。「その調子だ。…宿舎を出た夜のことを、もう一度思い描いてくれ。同じ道を歩いているところを想像しろ。」
街を歩いているトゥポル。
トラリスの声。『そうだ。耳を澄ませ。音楽が聞こえるか?』
口を開けるトゥポル。「ああ…。」
音楽が聞こえてきた。
トラリス:『どうだ?』
指示するトラリス。「さあ、入って。」
店のドアに近づくトゥポル。中に入る。
喜ぶトラリス。「なるほど、君が惹かれたのもわかる。ヴァルカンにないものばかりだ。」
トゥポルの目には涙が見える。
店の中には、同じように目の前にトラリスがいた。「…感情の引き金となっても無理もない。爽快な気持ちだと言った。ほかには?」
トゥポル:「わからない。」 他の席には、たくさんの地球人がいる。
「そんなはずない。表現することに慣れてないだけだ。君は多くの感情をもった。規則を破るという興奮…捕まるかもしれない危惧…そして音楽。音楽は君を…高揚させた。…もう一度その感覚に身を投げ出すんだ。」 逃げようとするトゥポルに言う。「感情を抑え込むな。」
立ち上がるトゥポル。「宿舎に戻らなければ。」
トラリスは腕をつかんだ。「不安を感じてる。それもまた別の感情だ。」
トゥポル:「手を離して。」
「ここにいるんだ、トゥポル。」
目を血ばらせるトラリス。
トゥポル:「もうやめて…」
トラリス:「だめだ…」
離そうとしないトラリス。音楽が響く。
トゥポルはトラリスを突き飛ばした。「やめて! …やるんじゃなかった。」
トラリス:「君は進歩してる。…ここであきらめるな。」
「…出てって。」
「トゥポル。」
「出てけ。」
「怒りを感じてる。感情が目覚めた証拠だ。…しっかり受け止めろ。」
何も言わないトゥポル。
トラリスは立ち上がり、出ていく前に言った。「弱虫め。」
うろたえるトゥポル。
そのまま倒れてしまった。
何とか起きあがり、コンピューターのスイッチを押す。「トゥポルから医療室。」
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※10: inaprovaline ENT第4話 "Strange New World" 「風が呼んだエイリアン」でも使用
※11: ethylchlorate
※12: ヴァルカン宿舎 Vulcan compound ENT第1話 "Broken Bow, Part I" 「夢への旅立ち(前編)」では、「居住区」と訳されていました
※13: ヴァルカン精神融合 Vulcan mind-meld 初めて使われたのは TOS第11話 "Dagger of the Mind" 「悪真島から来た狂人」。この時代には一般的には廃れているようです
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