外では雨が降っている、暗い部屋。 
 アーチャー:「…フーディーニなら、脱出できるだろうな。」 
 トゥポル:「次の任務にはその人を入れて下さい。」 
 「…ハリー・フーディーニってのはマジシャンだ。脱出専門のね。どんな物で、がんじがらめにされようと、そこから…脱出できる。ロープでも、鎖でも、何でも。」 アーチャーは後ろ手に縛られているようだ。 
 「とても、信じられません。」 トゥポルも抜け出そうとする。 
 「だから、魔術師って呼ばれてたんだよ。二重関節って噂もあった。…ヴァルカン人は、二重関節じゃないよな?」 
 「残念ながら違います。」 
 明かりがつき、ドアが開けられた。 
 複数の男たちが入り、アーチャーたちの頭に被せていた布を取る。 
 コリダン※6:「ヴァルカン人。コリダンに何の用だ。」 
 アーチャー:「その件なら私に聞け。」 
 「この女の上官か?」 
 「その通りだ。」 
 「見かけん種族だな。」 
 「人間だ。地球から来た。」 
 「ヴァルカン人がほかの種族になど従うものか。」 
 「…何か行き違いがあったようだなあ。我々は君らの首相から招待を受けた。」 
 「俺の首相ではない。今の政府はヴァルカンの傀儡政権だ。その客は俺たちの敵も同然。これはどういう武器だ? …言わない気か。」 トゥポルに向けるコリダン。 
 「フェイズ銃だ。」 
 「…有効に使わせてもらおう。」 コリダンは仲間に投げ渡す。「お前らの宇宙船に興味がある。情報をよこせ。」 
 「タンパク質再配列機があって、チキンサンドができる。」 
 アーチャーを殴るコリダン。 
 ひもで縛られているため、一緒に倒れるトゥポル。「やめて。彼は戦略士官じゃない。ただの食事係です。…食事会の準備を、手伝いに来ただけ。首相のね。」 
 アーチャーは鼻血を流す。 
 コリダン:「…お前らの種族は嘘をつかないと言われている。今の話は本当だろうな。…わかってるぞう、お前が船長だろ?」 
 トゥポル:「だとしたら?」 
 「まあとにかく、来る時期を間違えたことは確かだ。」 
 出ていくコリダンたち。明かりも消される。 
 アーチャー:「食事係?」
  
 コリダン軌道上のエンタープライズ。 
 コンピューターに映ったコリダン首相※7。『シャトルは過激派の一派に、強制着陸させられたものと思われます。しかし、我々のセンサー圏外で襲われたため…そう簡単に発見できるとは思えません。』 
 タッカー:「過激派がいるとはうかがってませんでしたが?」 
 『小規模なグループなので、このような攻撃を行うとは夢にも思っていなかったのです。でも御安心下さい、少佐。あなた方のお仲間は、恐らくまだ生きています。』 
 リード:「恐らく生きてる?」 
 『彼らは人質と交換に必ず何かを要求してきます。いつでもそう。武器類に、ダイコバルト爆弾※8。でもここで重要なのは、要求に応じないことです。』 
 「じゃ人質はどうなるんですか。」 
 タッカー:「戦争中なら我々を招待する時に伝えておくべきでしょう。」 
 首相:『戦争中だなどとんでもない。これは全く予想不能の事件です。』 
 「どう呼ぼうが構いませんが、クルーを返してもらえませんか。」 
 『現在我が国が、全力を尽くして捜索を続けてます。』 通信は切られた。 
 「犯人からの連絡をじっと待ってる気はない。人間とヴァルカン人の生体反応をスキャン。」 
 サトウ:「居住者が多いので、特定に何日かかるか。」 
 メイウェザー:「ポッドを探す方が楽かも。」 
 「やってみるけど、ポッドがパワーを停止させていたら、感知するのはほとんど不可能です。」 
 タッカー:「…できることをやるしかない。」
  
 アーチャーは尋ねた。「いいか?」 
 トゥポル:「はい。」 
 二人で背中合わせのまま、同時に立ち上がろうとする。 
 アーチャー:「いくぞ。…もう少し。」 失敗。「もう一度、それ!」 
 横に倒れてしまった。 
 アーチャー:「あ…。もう少しで立てそうだったのに。」 
 トゥポル:「あとほんの 2、3センチでした。」 
 「気のせいか声がいらだってるようだ。」 
 「…まさか。」 
 「だよな。もう一度やろう。1、2 の、3!」 まず座った姿勢になるアーチャー。「いいか。」 
 「はい。」 
 「それ!」 
 今度は立ち上がることができた。 
 アーチャー:「手のロープも、緩くなってきた。そっちは。」 
 トゥポル:「かすかに。…何とかして、向き合いましょう。」 
 「そしたらほどけるな。…ヴァルカンのデータベースには、ここの…内戦は載ってなかったのか?」 
 「データベースは正確です。…コリダン政府はこの争いを、内戦とはみてません。」 
 「データベースも返せって言われるんだろうな、君と一緒に。」 
 密着したまま向き合う二人。 
 アーチャー:「…ほどけるか?」 
 トゥポル:「…そう思います。…データベースがなければここには来なかった。プジェムにも。」 
 「君には何の責任もない。…君は何も知らなかったはずだ。監視施設の、存在も。…ましてや、アンドリア人がいることもな。だろ?」 
 「エンタープライズにヴァルカンの聖地を訪れるべき理由はありませんでした。止めることもできたのに、私は同行を…選んだ。…この船に乗り、人間と接し始めてから、私の理性は明らかに…失われ始めてます。」 
 「なるほど、そういうことか。君は…逃げるんだな? 我々に溶け込むことを恐れて。」 
 「違います。逃げてはいません。」 
 「だったらなぜ上に抗議しない。……君らの種族は、父から大切なものを奪った。私に同じことはさせん。」 
 二人はバランスを崩し、また倒れてしまった。 
 トゥポルの体が、アーチャーの上に乗りかかる。 
 やっとで分かれる二人。残りのロープを外していく。 
 また明かりがついた。 
 構えたアーチャーは、やってきたコリダンを蹴り上げた。ひもを使い、相手を倒す。 
 トゥポルに命じるアーチャー。「武器を奪え!」 
 だが他の仲間がやってきた。「やめろ!」
  
 エンタープライズ。 
 地図を見るリード。「ダイタニウム※9サインに間違いありません。首都から約4キロ離れた地点です。」 
 タッカー:「目と鼻の先じゃないか。」 
 「これを見ると、首都全体が貧しい地区に囲まれています。そこと首都で、ほぼ同数の生体反応が見られました。」 
 「自由主義社会の街作りを学んだ方がいいな?」 
 笑うリード。 
 タッカー:「船長たちの生体反応は。」 
 リード:「ありません。」 
 「ポッドの自動発信機は。」 
 「スイッチを切ってあるようです。出発ベイに、救助チームを待たせてます。」 
 「早まるな、マルコム。まだうちのポッドかはわからん。のこのこ地上へ降りていって、捕まるのは御免だ。」 
 「うちのポッドです、間違いありません。私は様子を見に行こうと言ってるだけです。」 
 サトウ:「通信が入りました。音声のみです。」 
 タッカー:「誰だ。」 
 「わかりません。」 
 「つないでくれ。」 
 乱れた音声が入る。『エンタープライズか?』 
 タッカー:「そうだが。君は?」 
 『船長と食事係を拘束した。無事に返して欲しければフェイズ銃 40丁をよこせ。シャトルに積んであった物と、同じ型だ。明日のこの時間に連絡する。』 
 「船長と話をさせろ。」 
 『彼女に危害を加えられたくはないだろう? 言うとおりにした方が身のためだ。』 音は消えた。 
 「どうした?」 
 サトウ:『通信を切りました。』 
 「発信源は。」 
 「三重信号で、探知不可能。」 
 リード:「船長のことを『彼女』と。本当にうちの船長なんでしょうか。」 
 メイウェザー:「少なくとも、生きてることは確かだ。」 
 「いつまで? フェイズ銃は、15丁しかありません。それを渡したとしても、約束を守るという保証はない。ポッドの場所はわかっています。不意をつける可能性のあるうちに、救助チームを送るべきです。」 
 サトウ:「別の通信が入りました。」 
 タッカー:「まだ何かねだるのかよ。」 
 「惑星からではありません。ヴァルカンの宇宙船、ニヴァー※10からです。」 
 「…つなげ。」 
 スクリーンにヴァルカン人のソペク※11が映し出された。『アーチャー船長は。』 
 タッカー:「ちょっと、外してます。何でしょう。」 
 『1時間後に到着すると伝えてくれ。』 
 「…随分早いですねえ。てっきり明日来るのかと思ってました。」 
 『そちらの計算機能に不備があるのでは? トゥポル副司令官に準備をしておくよう、伝えてくれたまえ。』 
 「…それが、その…問題がありまして。彼女もいないんです。トゥポルと船長は、コリダンへ行く途中誘拐されました。」 
 『都合よくか。』 
 「誘拐されたって言ってるんです。」 
 『なぜわかる。』 
 「たった今犯人から通信が入り、脅迫されたばかりです。言うとおりにしなければ二人を殺すってね。」 
 『人質を殺すなど、非論理的だ。交渉の切り札も失ってしまう。』 
 「あいにく俺たちの相手は論理的な種族ではないんでねえ。」 
 『ヴァルカン人の士官が巻き込まれたとあっては…黙っているわけにはいかん。後は我々に任せくれぐれも早まった行動を取らないよう。』 
 「ちょっと待って下さい…」 通信は終わった。「どいつもこいつも一方的に切りやがって。」
 
 
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※6: 名前は Traeg (ジェフ・コーバー Jeff Kober VOY第159話 "Repentance" 「宿命の殺人星人」のアイコ (Iko) 役) ですが、言及されていません。声:宗矢樹頼
  
※7: Coridan Chancellor (バーバラ・J・ターバック Barbara J. Tarbuck TNG第97話 "The Host" 「愛の化身オダン」のレカ・トライオン主席 (Governor Leka Trion) 役) 一部資料では Kalev という名前がありますが、言及されていません。声:羽鳥靖子、DS9 サラ
  
※8: dicobalt explosive TOS第23話 "A Taste of Armageddon" 「コンピューター戦争」などでトリコバルト爆弾 (tricobalt explosive) が言及。ダイ=2、トリ=3 を表す接頭辞
  
※9: ditanium
  
※10: Ni'Var 吹き替えでは「ニヴァー号」
  
※11: Sopek (グレゴリー・イッツェン Gregory Itzin DS9第8話 "Dax" 「共生結合体生物“トリル族”」のアイロン・タンドロ (Ilon Tandro)、第136話 "Who Mourns for Morn?" 「モーンの遺産」のヘイン (Hain)、VOY第151話 "Critical Care" 「正義のドクター・スピリット」のドクター・ダイセク (Dr. Dysek)、ENT第95話 "In a Mirror, Darkly, Part II" 「暗黒の地球帝国(後編)」のブラック提督 (Admiral Black) 役) なお「大佐」と訳されていますが、「船長」で構わないと思われます。声:土師孝也、DS9 シャカールなど
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