デスクに座るトゥポル。「クルーを襲った症状について、分析を続けているが…ドクターの奮闘なしでは、到底治せる見込みはない。…少なくとも宇宙艦隊がことの詳細を把握できるよう、記録を続ける。…症状は、三重星系へコースをセットして、間もなく始まった。…約2日前のことだ。」
  
 司令室の図を見るアーチャー。「ブラックホールか。」 
 トゥポル:「クラス4 です。」 
 「ヴァルカンの星図によれば、君らは既に 2,000個以上を調査してるようじゃないか?」 
 「その通りです。しかし…三重星系内のものは、初めてです。」 
 「どこまで近づける。」 
 「恒星間※1の重力シアーが、巨大なのでワープはできませんが、500万キロメートル以内には、接近できると思います。」 
 タッカー:「さぞいい写真が撮れるだろ。」 
 アーチャー:「うん。インパルスエンジンで星系に到着するのは?」 
 トゥポル:「2日後です。」 
 「…いいだろう。…トリップ。…時間がある時でいいから、私の椅子を見てもらえないか。」 
 タッカー:「はい?」 
 「船長の椅子だよ。」 
 「…なぜです。」 
 「うん…気づいてるかもしれんが、私はあまり座ることがない。」 
 「…問題でも。」 
 「座りにくいんだよ。深くもたれかかると、前に滑りそうなんだ。端っこに…腰掛けるしかない。」 
 「船で一番の椅子かと思ってた。」 
 「見てくれないか?」 
 「あ…インパルスマニフォルドの、掃除が。」 
 「よければ、椅子を優先してくれないか?」 
 「…わかりました。」
  
 コンピューターに文章が表示されている。 
 作戦室のドアチャイムに応えるアーチャー。「入れ。」 
 トゥポル:「おはようございます。」 
 「おはよう。」 
 「お邪魔でしたか。」 
 「いやあ。ちょっと…野暮用だ。」 
 「今日の勤務表です。」 
 「…ありがとう。」 
 「リード大尉が、新しい保安規約について話したいそうです。」 
 「兵器室に寄ろう。ほかには?」 
 「今朝はシェフが出勤していません。病欠です。」 
 「…悪いのか?」 
 「ドクターによれば、軽いウィルス感染で、数日すれば治るそうです。サトウ少尉がシェフの代理を務めています。休日によく料理を作っているので、この機会にクルーに練習の成果を披露したいようです。」 
 「…シェフがいいなら、いいだろう。…一つ聞いていいか。…地球から、原稿が送られてきた。私の父の伝記だ。序文を書いてくれと言われてね? ……終わったら読んでくれるか。」 
 「はい、喜んで。」 
 「ああ。本当に終わればだが。何週間も書いてない。」 
 「…時間なら、この 2日間でたっぷり取れます。」 
 「時間がないからじゃないんだ。…たった一ページしかない。父の一生をたった一ページで、まとめるなんて。まだ一冊頼まれる方がいい。」 
 「一つの出来事に絞って書いてはどうでしょう。船長とお父様の関係を端的に表すような出来事に絞れば、考えがまとめやすいと思います。」 
 「論理的だな? …よければ…代わりに書いてくれ。」 
 「私には荷が重すぎます。」 出ていくトゥポル。
  
 調理室で話す給仕のカニンガム※2。「今夜はフライドチキンにポテトと、ライサで調達したミナラのホウレンソウ※3を添える予定でした。」 
 サトウ:「あのオレンジホウレンソウ?」 
 「はい、一応食べられるそうで。」 
 「ホウレンソウはシェフに任せましょう。作りたい物があるの。」 日本語で書かれた文章を表示させるサトウ。「祖母の得意料理よ? これは代々伝わっている、我が家秘伝のレシピ。」 
 「再配列機で作るので、訳してもらえますか。」 
 「いいの。あなたはチキンやポテトを好きなだけ、再配列しててちょうだい? 私は一から、自分で作る。」 大きな鍋を取りだした。
  
 薬を調合しているフロックス。メイウェザーが医療室に入った。 
 フロックス:「少尉。…何か私に用かな?」 
 メイウェザー:「ちょっと、頭痛がするんだ。ひどくはない。」 
 「…ちょっと診てみるか。」 
 「薬をもらえればそれでいい。航行センサーのアップグレードの途中だから。」 
 「診察もせずに薬を出すのは無責任だとは思わないか、うん? 座って。ほかに何か症状は? めまいとか、目がかすむとか。」 
 「ない。」 
 「頭痛は、いつ頃から。」 
 「2、3日前から、時々。」 
 「…何かあれば、すぐに医療室に来いと言ってるだろ、うん? 注意しないとな? 修理基地で移植された、神経インプラントを取り除いているんだ。※4」 
 「この頭痛は、それが原因なのか?」 
 「どんな可能性だってないとは言えない。筋肉痛同様、全く心配ない頭痛もあるし。…その一方で、テレリアン病※5のような大病に至る頭痛もある。…それは悲惨な症状が待っているかもしれない。フン…うーん。」 診察を始めるフロックス。
  
 ブリッジに機械音が響いている。 
 トゥポルは向き直った。「少佐。」 
 タッカーは船長席での作業を続けている。 
 トゥポル:「少佐。」 
 声に気づかず、部下に命じるタッカー。「少し前に。…そのまま離すな?」 
 トゥポル:「少佐!」 やっとで作業を中断したタッカーに言う。「それは後回しにして。」 
 タッカー:「…確かにブラックホールほどそそられないが、これも船長命令だ。」 
 「三重星系の記録を作るのも、船長命令です。」 
 「ヴァルカン人は精神集中が得意だろ。」 
 「…ヴァルカン人は耳が敏感なんです。」 
 「…うん。」 だがタッカーは、また作業を始めた。 
 装置を手にするトゥポル。「…部屋に戻ってます。」 
 タッカー:「終わったら連絡するよ。」 
 トゥポルはターボリフトに入った。
  
 兵器室のリード。「ターゲット識別装置を調整しろ。敵船と間違えて自分の船に魚雷を撃ち込んじゃ、シャレにならん。」 
 アーチャー:「話があるそうだな。」 
 「ああ、私から伺おうかと。」 
 「いや、構わんよ? 話とは?」 
 「ああ…敵性種族との、遭遇記録を…見直してみたんです。クルーの対応は素晴らしいんですが、まだ改善の余地はあるはずです。」 
 「それで、君の提案は?」 
 「非常時の警戒態勢を、船体規模で整えたいんです。『戦闘態勢※6』だけより、もっと大規模で備えられるように。我々は、潜在的な脅威に無防備すぎます。船長命令もしくは、船体への衝撃ですぐに装甲モードに変わるようにしてはどうでしょう。兵器システムを起動し…」 
 「君の気遣いには、感謝するよ。だがこの船は戦艦じゃない。」 
 「それはそうですが。」 パッドを渡すリード。「…先のスリバンとの戦闘の際、我々は…彼らの乗船を簡単に許しました。※7マザール※8には最初の一発で、船尾センサーを不能にされています。ほかにも山ほど…」 
 「ああ、見ればわかる。…上級士官の意見を聞いてくれ。それを踏まえ、もう一度…話し合おう。」 
 「…わかりました。」 
 出ていく前に言うアーチャー。「…マルコム。『戦闘態勢』って呼び名はやめてくれ。その響きは、物騒すぎる。」 
 うなずくリード。
  
 食堂。 
 テーブルを回っているサトウ。「いかがです?」「おいしいわ。」 
 リード:「…コンディション・レッド※9。」 
 タッカー:「あ?」 
 「呼び名ですよ。新しい保安規約の。」 
 「ただの『保安規約』でいいんじゃないか?」 
 「それじゃ地味すぎます。」 
 「…カップ・ホルダーもいるかな。」 
 「…何に?」 
 「船長の椅子だ。調節を頼まれただけだが…もっと改造したい。」 
 「…非常時に船長が座るところに、飲み物を置く場所なんか。」 
 「ステータスディスプレイの改良が済めば、肘掛けから戦術データにアクセスもできる。」 
 「そんなに戦闘準備に興味があるなら、この規約に手を貸して下さいよ。」 
 「あいにくこれに手一杯でな。」 
 「椅子にですか?」 
 「これは船長の、椅子だ。同じくらい大事だろ。リード警報と。」 
 「『リード警報』。悪くないな。」 
 サトウが近づく。「いかがです?」 
 タッカー:「…ああ。美味しかったよ。すごく。」 ご飯や箸も置かれている。 
 「『おでん※10』っていうんです。日本では家庭ごとに作り方が違います。」 
 「…そう。売れ行きもいいようだ。おめでとう。」 
 「ありがとう。ほとんど、手をつけてないわ?」 
 リード:「美味しかったよ。」 
 器を手にするサトウ。「…変えてきます。」 
 リード:「いやあ、必要ない。」 
 「すぐですから。」 
 「いいんだ、もういらない。」 
 「お口に、合わないとか。」 
 「ああ…ちょっと、しょっぱいかな。」 
 「しょっぱい?」 一口飲んでみるサトウ。「美味しいわ?」 
 「…僕に合わないだけだ、ほかのみんなは気に入ってるようだから。」 
 タッカーもパッドを読みながら去った。
  
 ベッドに寝かされたメイウェザー。「どのくらいかかるかな。」 
 フロックス:「場合による。」 
 「何の…」 
 「ジッとしててくれ?」 
 「…ブリッジに戻らなきゃ。」 
 「残念だが今日は勤務には戻れそうにない。」 
 「アップグレードは船長命令だ。」 
 「医療に関しては船長より私の命令が優先する。今夜は検査だ。」 
 「スキャン結果は異常ないんでしょ?」 
 「だから余計心配なんだ。表面に出ていないだけかもしれん。どこに頭痛の原因が潜んでいるか、全身にスキャンをかけ徹底的に探す。」 起きようとするメイウェザーを押さえるフロックス。「横になって! 早く。動くなよ?」 
 メイウェザーはイメージチェンバーに入れられる。
  
 文章を作るアーチャー。「私が 8歳の頃父は、モンタナ州ボズマンにあるワープ5 の研究施設※11へ連れて行ってくれた。」 言ったとおりにコンピューターに表示されていく。「そこで 2人の科学者に紹介された。彼らの名前は…タサキ※12、そしてコクレイン。その時の私は、その名前の重要性に気づいていなかった。…そして父が従事していた、仕事の重要性にも。」 
 一声吠えるポートス。 
 アーチャー:「コンピューター、ポーズ。すぐに餌をやるから。…録音を再開。…ある意味…ワープフィールドの、安定を…図ることは…父の、宇宙探査への欲望という…」 頭を押さえる。「激しい感情の高ぶりが、たどり着いた…コンピューター、ポーズ。最後の文章を削除。いやあ、全部削除だ。」 
 またポートスが鳴いた。 
 アーチャー:「うるさい!」 
 自分のベッドへ行くポートス。
 
 
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※1: 吹き替えでは「惑星間」。なお重力シアー (gravitational shear) のシアーとは、「剪断、ねじれ」といった意味
  
※2: Cunningham (Matthew Kaminsky) 名前は言及されていません。後にも登場。声:福田信昭
  
※3: Minaran spinach ミナラ (Minara) は TOS第63話 "The Empath" 「恒星ミナラの生体実験」より
  
※4: ENT第30話 "Dead Stop" 「謎の自律浮遊基地」より
  
※5: Terrellian plague TNG最終話 "All Good Things..." 「永遠への旅」など
  
※6: 吹き替えでは「戦闘部」。リードの管轄のことではなく、命令自体のことを意味しています。なお以前のシリーズでは、普通にこの命令を使っています
  
※7: ENT第27話 "Shockwave, Part II" 「暗黒からの衝撃波(後編)」より
  
※8: Mazarites ENT第23話 "Fallen Hero" 「追放された者の祈り」より
  
※9: 後のシリーズでは「非常警報 (Red Alert)」と言います (その下に警戒警報 (Yellow Alert))。「リード警報」はレッドと掛けている?
  
※10: oden サトウが日本のことを話すのは初めて
  
※11: Warp Five facility ENT第1話 "Broken Bow, Part I" 「夢への旅立ち(前編)」で言及されたワープ5 センター (Warp Five Complex) と同一だと思われます。ボズマンはファースト・コンタクトの場所
  
※12: Tasaki
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