タオルを肩にかけて出てきたアーチャーは、頭を押さえている。鏡を見た。
ドアチャイムに応えるアーチャー。「入れ。」
タッカーがアーチャーの部屋に入る。「シャトルが発ちました。」
アーチャー:「…移送はどのくらいで完了する。」
「シャトル 2機を使って運んで、4、5時間です。」
「…シャワーを浴びて生き返ったよ。ヘ、孵化室にこもりすぎた。」
「新しい副長ですがマルコムはいかがですか? 私はブリッジに張りついてるわけにはいきませんので。」
制服を持ってくるアーチャー。「指揮系統を崩す気はないよ。あれは一時的だ。トゥポルは、頭を冷やした方がいい。」
タッカー:「これまでも、意見を述べることはありました。なぜ、突然拘束を? 少々、あれは…やりすぎなのでは。」
「やりすぎなのはトゥポルの方だ。クルーの前で私の命令を拒んだ。上級士官にはあるまじき行為だ。重要な任務中だというのに。」
「…私も、拘束して下さい。…正しいことをしてるとは思えません。立場が逆なら、ズィンディは卵を殺すに決まってます。」
「…優生戦争※9の時、私の曾祖父は北アフリカにいた。彼の部隊は、一般市民を交戦地帯から避難させたんだ。敵陣との間に学校があり子供たちがいた。部下が撃ち返せば、子供が死ぬ。曾祖父は敵の司令官を呼び、同意を取り付けた。子供たちを避難させるまで発砲はしないと。戦争中でも、ルールはある。」 制服を着終えたアーチャー。「子供たちを救わねば。」
エンタープライズが船を攻撃する様子が、モニターに表示されている。
リード:「見せたいものってこれか? 戦闘シミュレーション?」
ヘイズ:「敵の戦術の可能性を何パターンも見せてくれるんだ。ただ分析してるよりよっぽど役に立つ。」
「敵のシールドを分析しろと言ったはずだ。ゲームをやれとは言ってない。」
「大尉、これはゲームなんかじゃない。」 映像を切り替えるヘイズ。「シミュレーションによればシールドが最も弱いのは、このインパルスマニフォールドの周辺だった。魚雷を 2発撃てばエンジンを破壊できる。」
「このマニフォールドはかなり小さいが、ターゲットスキャナーでロックできるだろう。うん。よくやった。」
「どうも?」
「…すまなかった。ゲームだなんて。あ、最近みんな苛立ってて。」
「ああ、確かに。」
「トゥポルが、拘束されたらしいな。」
「上級士官の拘束命令は珍しいが、船長命令に背く方が悪い。俺の部下が背いたら営巣に放り込む。」
「ああ。じゃあ…ブリッジに戻るよ。…また何か見つかったら知らせてくれ。」 兵器室を後にするリード。
周りをうかがいながら廊下を歩くタッカー。部屋の前に来た。「トゥポルに会いたい。」
チャン:「面会は禁止されています。」
「神経マッサージを受けに来た。これは、ドクター命令だ。…フロックスを呼んで、直接聞くか?」
チャンは脇に動いた。中に入るタッカー。
自室で窓のそばに立っていたトゥポル。「状況は?」
タッカー:「反物質を運んでます。心配はない、あと 2日もすれば何もかも元に戻ります。」
「それまでこちらの反物質はもちません。船長は日増しに非論理的になっています。たとえ…人間にしても。孵化室への執着には、パラノイアの兆候が見られます。」
「ちょっと、大袈裟じゃないですか?」
「反物質を使わせるべきではありません。」
「反乱でも起こせと、言うんですか?」
「フロックスに話して、船長の検査をしてもらって下さい。」
「一体何のために!」
「何か問題が見つかれば、医療的見地から指揮権を剥奪できます。」
「剥奪って…いいですか? 拘束が不満なのはわかる。でも、私情が入りすぎでは。」
「向こうのリアクターが動くのは?」
「…ホシがインターフェイスの翻訳を終えるのが、12時間後です。」
「船長の精神状態がはっきりするまで、遅らせて下さい。」
「そんなことがバレたら我々は拘束室行きだ。……船長を裏切れと?」
「今は個人的な感情に振り回されているときではありません。この船と我々のミッションの、危機なのです。」
ため息をつくタッカー。
ブリッジのリード。「どうした。」
メイウェザー:「左舷方向で、亜空間の渦が開いています。」
「戦術警報。」
操作する保安部員。
リード:「アーチャー船長、ブリッジにおこしを。」
船が姿を現した。ヘイズが分析していたのと同じタイプで、惑星へ向かう。
その先にはエンタープライズ。
サトウ:「昆虫族船です、生体反応 3名。」
メイウェザー:「発砲しました!」 揺れる。「フルインパルスで去っていきます。」
リード:「後を追え。フェイズ砲起動。…エンジンを狙え。」
ズィンディ船を追うエンタープライズは、フェイズ砲を発射した。
メイウェザー:「効果なし。」
サトウ:「メインディフレクターチャージ。敵が亜空間に入ります。」
リード:「…魚雷装填。範囲最大。インパルスマニフォールドを狙え。」
保安部員:「完了。」
「発射。」
光子性魚雷を撃つエンタープライズ。2発目が命中し、昆虫ズィンディ船は動きを止めた。
火が大きくなる。
ブリッジに入るアーチャー。「一体何があった。」
リード:「昆虫族船です。」
「…破壊したのか?」
スクリーンには、爆発していくズィンディ船が映っている。
リード:「亜空間に逃げ込もうとしていました。」
アーチャー:「…彼らなら、孵化室を直せたかもしれん。」
「船長。」
「そうなれば我々は、ミッションに戻れた。」
「逃がせば我々の居場所を、上に報告します。」
「ここにいる理由を説明すれば、発砲沙汰は避けられていたかもしれん!」
「お言葉ですが、彼らは話す気などなかったようです。」
「……ヘイズ少佐。」
ヘイズ:『はい、船長。』
「至急、作戦室に来い。」
『了解。』
「…戦術士官を解任する。…これからはヘイズ少佐に従え。」
リード:「私は船とミッションを守るために、動いただけです!」
「追って知らせるまで、部屋から出るな。」
「船長!」
「下がってよし。」
リードはサトウを見た。「…はい。」 出ていく。
無言のメイウェザー。
アーチャー:「翻訳は終わったのか?」
サトウ:「はい、ほぼ。」
「昆虫族の言葉で救難信号を組み立ててくれ。準備でき次第、全周波数で送信!」 作戦室へ向かうアーチャー。
「…了解。」
作戦室のアーチャー。「いま一番重要なのはミッションの成功だ、そうだろ?」
ヘイズ:「はい、船長。」
「だが部下は、私の意図を理解していない。確かにかつて私は、彼らに自由に意見を述べるよう指示した。だが今はその時ではない。いま必要なのは、忠実に命令に従う士官だ。」
「私は従います。」
「トゥポルの反抗は例外だと考えていたが違ったようだ。リード大尉は昆虫族船を破壊し、我々が本来のミッションに戻ることを妨害した。…私が孵化室にいる間、ブリッジを任せる。私だけに従うように。」
「わかりました。」
「以上だ。」
発着ベイ。
タッカーが来た。「お話があります。」
シャトルポッドに大きな筒を積み込んでいるアーチャー。「何だ。」
タッカー:「……フロックスと医療室に行って下さい。」
「…病気に見えるか?」
「ホシに救難信号を送るよう命令を?」
「ああ、命じた。」
「危険だとは思いませんか。」
「ズィンディに届く前にここを去ればいい。」
「すぐ近くにいたら。救難信号を送るなんて、危険すぎます。」
「これ以上、尻込みはしていられん。ミッションのためだ。」 アーチャーは反物質を積み込み終えた。
「地球を救うためのミッションです。孵化室じゃない。」
フロックス:「船長、もう 2日も食事や睡眠を取ってません。強迫観念症とパラノイアの兆候が出ています。」
アーチャーはタッカーの肩に触れた。「君たちの気が済むなら、検査を受けるよ? ただしリアクターが…無事に動いてからだ。」
タッカー:「それじゃ遅いんです。…フロックスにはあなたに命じる権限がある。」
「裏でトゥポルが操ってるんだろう。私を病人にしてポストを奪う気だ。」
フロックス:「医療室に来ていただけないのなら、艦隊命令 104 の C項※10に則り指揮権を剥奪します。」
「トゥポルならやりかねんとは思うが、君らもグルとはな。伍長!」 MACO に話すアーチャー。「この 2人を拘束するか、いま迷っているところだ。」
フロックスとタッカーは顔を見合わせる。ため息をついた。
発着ベイを出ていく。外に出たフロックスは、ポケットに忍ばせていた医療スキャナーを取り出した。
脳の図が表示されている、医療室のモニター。
フロックス:「神経化学的には正常です。」
タッカー:「あれで正常?」
「これだけで結論は下せません? イメージングチェンバーで、神経系列を調べないと。」
「救難信号を送れば、受信したズィンディ船が大挙して現れる。…ブリッジにはヘイズがいるし…船中に、兵を配備してる。…何をするにせよ急がないと。」
「…何をすると言うんですか。」
「…ルールブックを窓から投げ捨てる。」
孵化室のそれぞれの個室が、明るくなっていく。音が響いた。
機関部員※11:「船長。」
見上げるアーチャー。天井の卵が動いている。
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※9: Eugenics Wars TOS第24話 "Space Seed" 「宇宙の帝王」など。本来 1992〜96年に起こったという設定ですが、アーチャーの曾祖父が活躍するというのは時代的に合わないという意見もあります
※10: Starfleet Order 104, Section C 宇宙艦隊一般命令および規則 (Starfleet General Orders and Regulations) の一つ。この項目は TOS第35話 "The Doomsday Machine" 「宇宙の巨大怪獣」で言及されました
※11: クルーその1 Crewman #1 (Paul Eliopoulos) 声:大久保利洋
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